ラーフの神話は紀元前のインドで広まっていたので、初期漢訳仏典にもその一部が垣間見えることがある。ただ、そのほとんどは神話的蝕観念にとどまっているため、ほかの論文に譲る*1。 唐の時代にもなると、インドの占星術文献を一部にせよ全部にせよ翻訳した…
「竜の頭と尾」の起源を探るため、どうしても避けて通れないのがインド占星術の影響である。この問題が存在するのは、日本語訳のタイトルが『占術大集成』となっているヴァラーハミヒラ(Varāhamihira)の『ブリハット・サンヒター』(Br̥hatsaṃhitā、6世紀…
シリア語やマンダ教、マニ教文献からうかがえるように、紀元後一千年紀の半ばには、西アジアの一部で「蝕を起こす竜」の観念が広まっていた。これを踏まえて、そろそろヨーロッパの「カプト・ドラコニス」「カウダ・ドラコニス」(竜の頭、竜の尾)へと発展…
グノーシス主義の系統をひくイラクの小宗教であるマンダ教文書にも、シリア語のアタリアーに相当する竜が登場する。マンダ教では「マンダ教アラム語」という、シリア語と同じく東方アラム語の一種が典礼言語として用いられている。この言語では、「アタリア…
ふたたび紀元後の世界に戻ろう。紀元前のメソポタミアでは、食を起こす竜についての明確な証拠は見つからなかった。しかし、この言葉自体はのちのち竜に結び付けられるようになる。 前回引用したメソポタミアの占星術書では、食に「アンタルー」という言葉が…
さて、第3回までは紀元後数世紀の観念を見てきたが、少し時代をさかのぼってみよう。ここで出てくるのは神話的食観念のほうである。 食を起こすのが怪物だという伝承は、西アジアだと古代バビロニアにもその一部を確認することができる。古代といってもセレ…
ここから先、混乱がないように、「食を起こす竜」の観念について、以下の三つの区別をしておく。 一つは、文字通り、日食や月食は、天空の竜によって引き起こされるというもので、とりあえずこれを「神話的食観念」とする。 もう一つは、この竜は月の交点と…
第1回の追記。古代メソポタミアに竜が食を起こす神話は見当たらない、と書いたが、それと同じような神話ならば存在する、という話を見つけた。サラ・キューンの『中世西方キリスト教とイスラームにおける竜』(2011)が引用しているもので、それによると、古…
というわけで、今回は第2回目も載せておきます。 紀元前後の時代、ギリシアの占星術師たちは、昇交点にはアナビバゾン、降交点にはカタビバゾンという名称を与えた。その意味は、普通に「上昇」「下降」であった。上下というのは、月が黄道を北向きに行くか…
西洋占星術のホロスコープに現代でも使われる「ドラゴンヘッド」(dragon’s head)と「ドラゴンテイル」(dragon’s tail)という用語がある。それぞれ「竜の頭」と「竜の尾」という意味で、竜の身体の両端のことである。 それではこの竜頭・竜尾とは何かとい…
森瀬繚氏の近著『ファンタジー資料集成 幻獣&武装事典』。著者は日頃からツイッターなどで博覧強記を披露しておられ、特にファンタジー・ホラー関係に造詣の深いところから、幻獣警察(他称を横領)としては読んでみなければと思い、内容の評価はさておき、…
今年の3月ごろに書いた「カトブレパスの話」では、古代ギリシア・ローマ時代のカトブレパスの出典について調べました。そのとき中世以降の展開も調べておいたのですが、あまりまとまってなかったので未公開のままでした。その後、とくに状況が進捗したわけで…
少し前に途中まで書いていたけど、書き終わりそうにないので、(最近こちらの更新も減ってしまったことだし)途中のきりのいいところまで公開します。 はじめに カトブレパスとゴルゴンが同一視されるという風潮 古代ギリシア・ローマに、カトブレパスという…
J. S. P. Tatlock, 1933, The dragons of Wessex and Wales, Speculum, 8 (2): 223-235のあまり省略してない要約。年代記などの史料に基づいた分析で、ウェールズのドラゴンと呼ばれているものが実際はイングランド起源だったこと、ドラゴンはたいして重要な…
これから書くことは、Googleブックスで見てみると、ベルナール・ユーヴェルマンスのThe Kraken and the colossal octopus (2003)にもちゃんと書かれているようだが、この本は無駄に高価なので自分で調べてみた。 「リンネはクラーケンに学名を与えた」 Wikip…
今回の、あちらこちらに拡散していった「妖怪の定義」問題(妖怪の定義について - Togetterにまとめあり)を、私toroiaの視点からまとめてみることにする。 念のため、以下の話はすべて日本限定であることを断っておく。まず、以前から私は妖怪クラスタで使…
数日前にツイッターでいい加減に書いたもの。ガルニク・アサトリアンの論文*1より。彼によると古典アルメニア語文献では21の妖怪名が知られているという。その一覧が以下。ある程度の説明があるものについては「:」のあとに書いたが、多くは語源的考察だっ…
エドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ、丹羽充訳「内在と恐怖」『現代思想』2013年1月号、pp.108-126 原文はhttp://www.natureculture.sakura.ne.jp/pdf/07-deCastrosPaper.pdf全体的コメント:がんばりましょう。水準点までは遠いです。また、哲学書…
魔方陣 魔方陣は魔除けの制作者や魔術手引書の編纂者の語彙において重要なものとなっていった。とくに12世紀以降のことだ。最初期の魔方陣(アラビア語でワフクwafq)は9つのマスがある3x3の方陣に1から9までの文字/数字が入れられ、縦横斜めどの3つを足して…
ちくま学芸文庫から伊藤義教訳『原典訳 アヴェスター』が出ました。ガーサーやウィーデーウダードの一部などが訳出されています。ゾロアスター教文献の和訳を普通に入手できる一冊の本にしたものは、もしかしたらこれが初めてでしょうか? そうでないにして…
イスラーム魔術全般 しかしながら、古代末期の魔術実践と比べると多くのコントラストがある。もっとも分かりやすいのは、動物(時には人身)供犠が欠如しているということだ。これは古代末期ではよく行なわれていたものだった。イスラーム時代に入っても人形…
久しぶりの更新です。 イスラーム初期の魔術と占いについての論文のアンソロジーであるEmilie Savage-Smith(ed.), 2004, Magic and Divination in Early Islam, AshgateからIntroductionの最初のほうを直訳してみました。この部分は、魔術や占い自体ではなく…
が、あいかわらずtwitterを中心にやっております。 インプット量が膨大過ぎて、アウトプットできない自縄自縛状態です・・・
1年近くも何も書いておりませんでした。コメントにも返信できておらず、すみません。ここ1年ほどはツイッターで主に活動しています。ツイッターといっても「おはあり」とか「@」付きの会話はほとんどせず、文字通りマイクロブログ的に思いついたことを書き…
日本における竜のように、シニフィエ(意味されるもの:この場合、「竜」という概念)がなかったと思われる言語文化にそのシニフィエとシニフィアン(意味するもの:この場合、「竜」という語)が入ってくると、1つには音声を保持したままにする、2つには日本…
Twitterで書いたことをまとめ。 「世界の言葉で妖怪のことをなんというか」(仮題)というのを調べているときに必ず念頭に置いているのが、「英語で妖怪をなんというのか」という問題。実際に英語文献を読んでみると、spirit, demon, supernatural being (また…
twitterのほうではちょこちょこ書いてきましたが、今、「世界の言語で、日本語の『妖怪』にあたる単語は何か」というテーマで色々と辞書を引きつつそれらしい語を集めているところです。もちろん「妖怪」そのものに当たる言葉はないし、和*辞典でも辞書見出…
James A. MatisoffのThe Tibeto-Burman Reproductive System: Toward an Etymological Thesaurus (『チベット=ビルマの再生産[生殖]システム 語源的シソーラスに向けて』2008)の最初のをほうをつまみ読みしていたら、本記事タイトルにあるようなことが書かれ…
こんばんは、お久しぶりです。連休最後の夜です。 4月5月6月となにも書いていなかったのですが、何もしていなかったというわけではなくて、地道にpukiwikiのテキストソースをきれいにしていたり、チベット系の項目を追加していたりしました。 今興味があるの…
イスタンブールから帰ってきました。 トルコ語を忘れないためにいろいろしようと思っているのですが、このウェブサイト関係では、トルコ語論文の翻訳を載せてみようかと思います。 こういう素人翻訳って、元の言語が英語だった場合そのうち誰かがちゃんと商…