民族名・文化名・言語名・地域名を書くときにどれを選べばいいのか難しい

James A. MatisoffのThe Tibeto-Burman Reproductive System: Toward an Etymological Thesaurus (『チベット=ビルマの再生産[生殖]システム 語源的シソーラスに向けて』2008)の最初のをほうをつまみ読みしていたら、本記事タイトルにあるようなことが書かれていたので、即席で訳して引用してみる(pp. xxxi-xxxii)。


チベット=ビルマ諸語は、一つの対象に名称が複数あることによって悪名高い。その中には自称(autonym)も他称(exonym)もある。言語が話されている中心地の地名で言及されることも多い(loconym)。他称の一部は今からみると侮蔑的であり、放棄され、「新称」(neonym)に取って代わられて「旧称」(paleonym)とされることもある。アンガミ・ナガのある集団は自分たちとその言語のことをMemi(自称)と呼び、主要な渓谷のことをSopvomaと呼ぶ。しかし他の集団はこの渓谷とそこの人々のことをMao(他称)と呼び、その言語のことをMaoまたはSopvoma(他称の地称)と呼ぶ。同じ言語と人々を意味するImeraiという古い用語(おそらく自称の旧称)もある。
ある名称は広義にも狭義にも使われ、特定の言語そして緊密な接触関係にある言語集団のどちらにも使われる。Maru、Atsi、Lashi(Burmish言語を話す人々)は自分たちのことを広義で"Kachin"であると考えていて、Jingphoの人々も、Jingpho語が別のチベット=ビルマの語群(subgroup)に属するにもかかわらず、同意しているようだ。
近年の文化に対する敏感さによって、長らく学術文献で通用してきた言語名の多くが放棄されざるをえなくなっている。これまでLushai(「長首」を意味するとされる名称)と呼ばれてきた重要な中央Chin語は、今ではMizoと適切に呼ぶべきである。ビルマ語の他称Taungthu(字義的には「山地民」)として知られてきたKarenic Groupは自称Pa-oと言及するのが好ましい。タイ語(Tai)の他称Phunoi(字義的には「小さな人々」)として以前は知られていた南部ロロ系の人々は、今では自称のCoongと呼ぶべきである。ネパールのチベット=ビルマ語話者の一部では、インド=アーリア語の-i接尾辞がついた名称のインド化版(つまりNewari, Magari, Sunwari)に抵抗し、人々とその言語との名称上の区別がつかなくなるとしても(Newar, Magar, Sunwar)、接尾辞を外す傾向にある。こうした問題の心理的側面は、しばしば逆説的な魅力を放つ。中国人言語学者は、中国国外では広く使われていたLolo(ish)という用語が侮蔑的だと感じており、適切な敬意ある用語はYi、漢字の彝「儀礼に使う酒器」であると主張している。しかしこの漢字は同音語の夷「野蛮人、中華帝国の周辺にいる蛮族」を後になって置き換えたものにすぎない。

当然のごとく、個別の言語名に当てはまることは語群名にも当てはまる。命名ヴァリエーションの一部は、ベネディクト(Paul Benedict)と彼の協力者にしてスーパーヴァイザーだったロバート・シェイファー(Robert Shafer)との違いにまでさかのぼる。つまり、シェイファーの言うところのBarishとMirishはベネディクトのBodo-GaroおよびAbor-Miri-Daflaと同じなのである。ネパール東部で話されている数十のチベット=ビルマ語から構成される重要なグループはKirantiともRaiとも言われる。増殖の極端な例としては、私ならLolo-Burmeseと呼ぶ、集団自体としては確立され議論もないグループが、Burmese-Lolo, Yi-Burmese, Burmese-Yi, Burmese-Yipho, Yipho-Burmese, Yi-Myanmar, Myanmar-Yiphoなどなど……さらにMyanmar-Ngwiとも呼ばれる、ということだ!

私たちが知っている民族名や言語名って、案外自称でないことが多いものです。そして他称は、多かれ少なかれ侮蔑的な意味合いを持っている。かといって「自称」とか言われているのも、よく調べてみると単に「現地語で『人間』を意味する」とかそういうレベルで勝手にその集団名にまでレベルを引き下げられて「自称」にされてしまっているだけ、のことも多い。また、そうでなくても一般にまだ通用していない「自称」を置かれても、逆にこれまでの文献や情報と一致させることが難しくなってしまうという問題も発生します。本人が他称を使いたがることもあります。
まぁ、いろいろと面倒くさいということで。