中国神話の表記

中国神話の存在たちのスペリングに拼音表記を使うのってどれだけ意味があるんだろう? こういうのって、たとえばローマ神話のJupiterやVenusにジュピターだのヴィーナスだの「現代の」読みを当てることに等しいように思う。
どんな言語もそうであるように、文字と発音は時代によって異なってくる。拼音は現代中国の政府によって制定されたものにすぎない。『山海経』などに使われたであろう古代中国の音韻(上古音)については学術的な再建が行われている。もちろん方言も多様だから一意には決められない。

とはいえ日本だって大国主をオホクニヌシとさえ表記せずオオクニヌシと表記し、さらに古代日本語の推定される発音からするとオポクニヌティだからそうやって表記したほうがいいとかそんなことは誰もいわないわけで(だからトンデモ語源説が生まれる温床にもなってしまうわけだが)。ただしこれは自言語だから同一レベルの問題ではないかもしれない。現代ギリシャ人は古典ギリシャ語の単語を現代風に発音するし、現代北欧の古ノルド語だって、イスラエルヘブライ語の発音だって、イタリアのラテン語の発音だって同じだ。時代に固有な発音に執着するのはネイティブでない人ばかりということになる。もうひとつ、冒頭の問題とも関連してくるが、いわゆる古典語はそれを古典とした言語によって発音が異なってくる。そういう状況を知らないと、シオンは聖書ヘブライ語ではツィーヨーンだけど、英語表記ではZion、ジオン(とも読めるw 本当はザイオン)だから日本の祇園と同語源だという珍説が生まれてくることになる。要するに適当に言うと発音表記における他言語には現代母語、古典語、他言語という少なくとも3つのレベルが無意識的に混じってしまっていることを思い起こさなければいけないわけだ。もちろん他言語における古典語だとか他言語における現代母語だとか資料によって二重にも三重にも変化を起こしていることがある。

で、漢字は日本にとっては古典語だから、……だったらやっぱり拼音じゃなくて普通の「音読み」と古代中国語の表記で通すのが一番いいんじゃないすか? と思ってしまうのある。誰もギリシャ神話の本に現代ギリシャ語における発音を表記しないように。でも漢字の場合、文字数が多すぎるから「現代の発音を調べる手間」を省くために拼音表記するという理由もあるのだろうか。

あ、あとは「今でも伝承されているのか」という点も重要かも。「龍」なんかそうだろうし。でも『山海経』や古代の文献だけ使ってる存在についてまでも拼音表記だけというのは変だろうなあ。