ウガリット神話のケルブ
墨東ブログさん*1のhttp://d.hatena.ne.jp/molice/20090711/1247268862#20090711f2ってエントリの注に「なお、カナン神話(ラス・シャムラ文書)の中には一箇所だけ「ケルブ(ケルビムの単数形)」についての言及がある」ってあるけど、これは何かの間違いか、ずいぶん前の旧説でしょう。
古いほうから行きますと、まず1981年に出版されたRas Shamra Parallels: The Texts from Ugarit and the Hebrew Bible(『ラス・シャムラにおける並行事例――ウガリット出土文書とヘブライ語聖書』)の第3巻には"Divine Names and Epithets in the Ugaritic Texts"(「ウガリット語文書における神格の名称および属称」)というのがあるのですが、krbの文字はみつかりません。
1984年に出版されたTheologisches Wörterbuch zum Alten Testament(『旧約聖書神学事典』)のכְּרוּב(ケルブ)の項目、語源考察の節があるのですが、おそらくアッカド語のクリーブが語源だろうとしつつ他のセム語における類例をいくつか出していながら、ウガリット語のところにくると、Im Ugar. ist die Wurzel nicht sicher bezeugtとあります。訳すと「ウガリット語では、この語根[KRB]は確実に見当たらない」。その後、いくつかkrbという語がありそうな例が出ていますが、どれも、たとえばbkrb'zmはbk rb 'zmと読むべきだ、とかいわれて反論されてます。人名にはkrbという語が見られるようです。
1999年のDictionary of Deities and Demons in the Bible(『聖書の神格・悪魔事典』)のCherubimの項目にもウガリットへの言及はなし。
最後に2004年のA Dictionary of the Ugaritic Language in the Alphabetic Tradition(『ABC順のウガリット言語辞典』)にもkrbは意味不明か人名としてしか出てきていません。
ラス・シャムラ文書にケルブが出てくるというのは間違いみたいです。
それと、「ケルト」についての問題も。これは「幻想の武器博物館」の掲示板のほうでも水槌さんの書き込みがありましたが、ケルト以外にもたとえばインドでも似たような論争が起こっているのですなぁ。で、ケルトのほうにWikipediaに指摘のあるとおり「こうした批判は古代ブリテン史をいわば自国の歴史に書き換えようとする動きとしてフランスなどの学者からは批判に晒されているが、反対にイギリスの学者からは肯定する向きがあるなど、国家間の政治問題と化している感がある」*2とすればインドのほうもインド亜大陸に自生的なものを主張するヒンドゥーナショナリズムとアーリア人侵入仮説の、ナショナリズムを背景としたファナティックな論争というか政治的対立があるわけです。両者の議論は実は学術分野の対立でもあって、これまでの定説が比較言語学や宗教学をバックボーンにしていたのだとすれば、それに反論する人たちは考古学や遺伝学をバックボーンにしています。もっと大きな枠に当てはめてしまうならば、20世紀前半の「言語論的転回」によって言語や表象への注目度が最大限に増していた状況と、それに対する反動としてのマテリアリティや科学性への依拠としての現在の状況、ということになるのでしょう。
だから、傍目から見るならば、単にケルトやインドのエスニック(ナショナル)・アイデンティティがその基盤を言語からマテリアルなものに移しただけであって、何か新しい知見が加わったというよりはパースペクティヴが変わっただけ、と言えなくもないわけで。私としては、神話や伝説なんてものは時と場合に応じて人にくっついていったりモノにくっついていったり場所にくっついていたりするものであって、事情に応じてそれらのアイデンティティを考慮していくのがいいんじゃないの、と思ってます。