1077916045*幻想動物の事典制作ラッシュ?

 ある程度の水準(情報の信頼性・網羅性)に達したこの種の事典は、90年代ごろから新紀元社を中心にいくつか出版されていました。

代表選手は草野巧の『Truth in Fantaryシリーズ 幻想動物事典』でしょうか? 項目数1002、モンスターの名前辞書計画によれば掲載モンスター数1223。参考文献解題もあり、初心者から使える便利な事典でした。項目が特定のフォーマットに従い個別に分離されてある基準によって配列されているという事典の定義を少し外れるならば、同様の幻想動物カタログのようなものは他にもいくつか挙げることはできます。とはいえ、この方面の書籍、つまり世界を視野に入れている幻想動物の事典類に関してはファンタジー系からの発展がおもな領域を占めており、純粋に妖精妖怪怪物幻獣からの。というよりは民俗学的・文化史学的なアプローチからの事典はあまりなかったように思います。

幻想動物事典

幻想動物事典

笹間良彦の『世界未確認生物事典』などはそういったアプローチの一つといえましょうが、50音順ではなく形態別に分類されています。さらに、下にも書いているように、あくまでも形態の明確な動物が中心となっています。水木しげるの世界妖怪事典系はそんな中孤高の存在だったと言えます。
図説・世界未確認生物事典

図説・世界未確認生物事典

 海外でもこの手の辞典類はそれなりに出版されているようです(が、当然、日本に住んでいるtoroiaには正確なところは全くわかりません)。

 さて、2003年11月に原書房から『世界の妖精・妖怪事典』が出版されたのは記憶に新しいところです。分厚い銀色のハードカバーに3000項目、荒俣宏ご推薦とあれば網羅性に太鼓判がついたようなもので、「買うしかない」事典でした。おまけに監訳が日本の神話学の第一人者松村和男とあれば、もう信頼性に太鼓判がついたようなものです。この監訳者はあとがきの中で「このような事典は意義深い」と書きつつも「情報に不正確さが多い」と一応は指摘しながら「でも、分かる人には分かるからいいだろう」などと開き直ってしまうような、やや不誠実な訳本ではあります(地理的に遠く言語学的にも専門的な問題になるインドイランはともかくとして、間違いがギリシアローマ神話に多いってのは西洋の人間としてどうなのよ、キャロル・ローズさん。これらの神話の項目なんかLoeb Classical Libraryを初めとしてお手軽に輝かしい伝統がある英訳古典を参照できるというのに、敢えて孫引きの辞書を参考資料に挙げている、というのはどう考えてもおかしい)。ちなみにキャロル・ローズさんには姉妹編の怪物事典もあり、こちらも翻訳が進んでいて、今秋には出版されるそうです(こちらも間違いが多いわけだが……)。
 3000項目ですよ。3000。もうこれ以上書けるもんなら書いてみろってな勢いです。一言で言うなら圧倒的。圧倒的な分量で類似本の存在を21世紀初めから阻止してしまったような事典です。

世界の妖精・妖怪事典 (シリーズ・ファンタジー百科)

世界の妖精・妖怪事典 (シリーズ・ファンタジー百科)

 しかし、たったの3ヵ月後にほぼ同分量の「妖精事典」が翻訳出版されることになろうとは、おそらく原書房東洋書林も想定していなかったのではないでしょうか。具体的には『図説 妖精百科事典』という事典です。店頭に並んでいるのはまだ見ていないので確認はしていませんが、宣伝文句とAmazon.comのレビュー、それに高価な値段から判断してみると、十分キャロル・ローズ&神話学者の事典に対抗できるような内容であるといえるようです。ただ、前者が「存在」のみをエントリーしているのに対し、後者は妖精の食べ物、妖精の話など「事項」までもエントリーされているところに違いがあるようです。まー、内容を見ていないのでなんともいえませんが。
図説 妖精百科事典

図説 妖精百科事典

 ついでに、新紀元社から、あの『幻想世界の住人たち』I&IIの作者建部伸明著の『幻獣大全』が3月末には出版されるようです。少し前の情報によりますとこれは全7巻だそうで(現在ではもっと増えている可能性も十分あります)、一冊の値段もTruth in fantasyなみということ、今だって「同じ物を書け」と言われても無理な『住人たち』より15年経ってかなりリサーチが進んでいるだろうことから、日本語によるこの手のカタログの決定版になるのではないか、と個人的に考えています。

 というわけで、今年はこの手のものが好きな人にとっては悲しいほど出費がかさむ年になりそうです。・・・・・・というか、なぜ2003年終わりから今年初めにかけてこんなに類書が我こそ決定版と言わんばかりに日本で出版されてるのか、よくわかりませんけど。


 さて、この日本にあるこの2種(民俗学系とファンタジー系)の事典を比較してみるに、ファンタジー系=日本系は「怪物」、民俗学系=舶来系は「精霊・妖精」を表題にしているという違いがある事に気付きます。
 そもそも日本でこの手の世界の存在が大きくクローズアップされはじめたのはファンタジー小説TRPGの流行が大きいとされています。私は当時を生きていなかったので具体的なことは知りませんが、たぶんそうなのでしょう。90年代前半までのこの手の書籍には必ずゲームへの言及がありますし、指輪物語クトゥルー神話などの創作系が必ずエントリーされていますから。そこで考えてみると、ゲームをするさい、これらの存在は当然キャラクターとして、つまり特徴的な性質と明確な姿かたちを備えていなければならないわけです。そうすると、具体的なイメージが想起できる現実の生き物の発展系である獣人や怪物、聖獣、神獣、または死霊が豊富で小さい英語辞典にも載っているような著名なものなどに重点が置かれるようになります。そうした状況の中では鬼火につけられた様々な方言呼称や家の精霊のヴァリエーションなどは無視されて、一つの有名なキャラクターのみがよく知られる結果となります。だから、どちらかというと明確な形態が存在するイメージの強い「モンスター」や「怪物」「幻想動物」を中心として事典が編まれていくのも不思議ではありません。さらにこれらの怪物は神話に現われ、神話は比較的古くから日本に紹介されているため、資料が多いという利点もありました。
 それに対して民俗学的なアプローチからすれば、それらの存在は人々が日常生活の中で出会うものであり、それゆえ明確な形態を持っていない存在ばかりではあるが、方言呼称の違いによってキャラクターまで変わってくるので、それらを細かく記録していくのは当然といえます。神話の中の怪物たち、具体的な姿をしているイメージは、どちらかというと精霊たちとの系統的な関連からエントリーされているようなものです。これらの存在は形態が明確ではないため怪物たちのように形態を説明すれば半分以上説明が終わるといったものではなく、その存在理由が各々の文化に根ざしているため、理解するのにかなりの知識が必要ということになります。また、そのような民俗資料は専門雑誌などに掲載されていることが多く、入手困難なものがほとんどです。そもそも日本の妖怪についての民俗資料だって絶版なものばかり。こんな感じで日本ではこの手の事典が今日にいたるまであまり存在してこなかったのではと思います(世界妖怪民話集は出ています。一応。世界の妖怪たち)。さらに、個人的には新紀元社辞典シリーズの『悪魔事典』などその傾向があるのでは、と思います。結構好きです。この本。

世界の妖怪たち (世界民間文芸叢書 (別巻))

世界の妖怪たち (世界民間文芸叢書 (別巻))

悪魔事典 (Truth In Fantasy事典シリーズ)

悪魔事典 (Truth In Fantasy事典シリーズ)

 結果としてはどっちからのアプローチも同じ範囲のものを載せていることになります。


 んで、今toroiaの作っている「幻想動物の事典」は、指向性こそ民俗学的アプローチであるものの資料は日本の要するにファンタジー系のものが大半という風になります。ネット上に類似の事典はあれど、どれもファンタジー系だったりゲームや創作との結び付きを強く意識していたり、なかなか日本語でゲームやファンタジーの影響を脱しているものは見当たりません(aibaraさんの幻想世界小辞典なんかはそうした珍しい一例でしょうか?)。

 両者のいいところを受け継げればいいんですがーねー。



 さて、最後までスクロールしてくれた人記念。邦訳では4800円&13000円と破格な値段である上記キャロル・ローズさんのとアンナ・フランクリンさんの著書ですが、洋書のペーパーバック(ハードカバーではない安くペラペラな製本のもの)ではかなり安く購入することが出来ます。現時点でキャロルさんのは1711円、フランクリンさんのは2703円。英語が読めれば、そしてそれなりに知識があれば原書の購入をオススメします。

Spirits, Fairies, Leprechauns, and Goblins: An Encyclopedia

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The Illustrated Encyclopaedia of Fairies

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