清代の動物図鑑

中国最後の王朝である清の時代、『古今図書集成』という巨大な百科事典が制作されました。図がたくさん入っていてながめているだけでも楽しい本ですが、時代が時代だけあって、微妙に中途半端にヨーロッパからの知識が紛れ込んだりしています。それは動物についても同じ……ウマやイヌ、ヤギのように共通する動物は中国の文献が参考にされていますが、そんななかに、なぜかユニコーンやサラマンダー、スゥー(!)まで入っていたりして、大航海時代以降の伝説俗話伝統がいかに世界規模になったかがうかがえます。その説明書きを見てみると、たとえばプリニウスとほぼ同じものが書かれていたりすることもあれば、ヨーロッパのものとされながら出所不明な動物も入っていたりする。
そのうちからいくつか紹介してみようと思います。


この図はどこかで……コンラート・ゲスナーの『動物誌』とほぼ同じ! やや毛深く、いかにも中国風の樹木や岩石が背景に書かれていますけど。
説明書きを、適当に現代語訳(漢文をちゃんと勉強したわけではないので、ほんとうに適当)。

アジア州のインドには独角獣という動物がいる。姿かたちはウマのようで、大きい。きわめて軽やかである。毛は黄色。頭に角があり長さは4〜5尺ほど、その色は明るい。(角を)飲器とすると解毒の作用がある。角はするどく大きなライオンをも刺し貫く。ライオンはこれと闘うとき、樹木の背後に身を避ける。もし樹木に角が刺さってしまえば、ライオンは反撃してこれを噛む。

ほぼ中世〜近世に伝えられたユニコーン伝説と一致するのがすごい。処女についての言及はありませんけど


この図もどこかで……アルブレヒト・デューラーのサイと左右逆! 爪がなくなり、体の斑点も消え[でも、本文では斑点のことが書かれている]、特徴的な背中の「角」までなくなっている。たしかこのことを考察した本があったはずだけど……(ラウファーの『サイと一角獣』だったかな)。
笹が後ろに生えているのが味をかもし出してます。

アジア州のインドにある剛霸亜の地には鼻角という獣がいる。体の長さはゾウのようで、脚は短い。全身に紅黄の斑点がある。ウロコは矢を通さない。鼻の上に一つ角があり、鋼鉄のように硬い。ゾウと戦うときは山の石でその角を磨き、ゾウの腹に刺すと、これは斃れる。

サイのことだというのは誰でもわかるでしょう。原語Rhinocerosは「鼻角」という意味なので、名前も直訳です。ゾウとの戦いも古代から知られていました。

うえの2つは比較的分かりやすい例でしたが、一部分だけ現実の動物に見えてまったく違う組み合わせになってしまっている動物もいます。イメージとテクストが断片的に伝承され、統合された結果なんでしょうか。たとえばこれは?
頭はどうみてもネズミですが、胴体の部分が哺乳類には見えない、というか怪獣に見える。ちょうど怪獣のスーツアクターが肩から上を取り外して顔出ししているかのような違和感。解説行ってみましょう。

アジア州の如徳亜国にいる獣で、名を加默良という。皮は水や空気のように明瞭で、物にしたがい色を変える。その性として、草木土石の間をゆったりと行く。人がこれを識別するのは難しい。

……つーわけでカメレオンでした。言われてみれば身体はそこそこ忠実に描かれているはずなのに、なぜ頭がネズミにあんってしまったんだろう?

次はコレ。ヴァン・ダイク。特徴的な尾でもう分かってしまった人もいるかもしれませんが、本文は次のようになってます。

ヨーロッパ州のイタリア国に巴鐸という川があり、その河口に般第狗がいる。昼は水中に身を潜め、夜は地にあがる。毛の色は一ではないが黒を高価なものとしている。木を噛むことがあるが、刀のように鋭い。

というわけで、ビーバーですな。イタリアの巴鐸川とはなんだろ?

あと2つ紹介しましょう(というか残りのいくつかは何のことかわからんw)。
一見カワウソのようにも見えますが……名前の読みでわかるかも。

ヨーロッパ州のドイツに獣がいて、撒辣漫大辣という。冷湿の地にいる。その性質は非常に寒冷で、皮は厚く、火を消すことができる。毛の色は黒黄。背中には尾まで至る黒いもの(?)があって、斑点がある。

サラマンダーです。サラマンダーは火の中に住むとされた動物で、少し前某所で「サラマンダーはドラゴンか」というのが話題になりましたけど、中国的分類法に従えば哺乳類のなかまのようです。実際ヒゲまで生えていますしね。この動物は火に棲むから熱いんだ、という説と、いやいや火を消すから冷たいんだ、という説が流布していて、『古今図書集成』(というかそのネタ本)は後者をヨーロッパの宣教師から取り入れたようです。紋章としても使われているイタリアではなくドイツ(原文は熱爾尼亜国)というのは何か、パラケルススの影響……?


最後です。これは現実の動物ではありませんが、これまでのようなヨーロッパ伝統の動物でもありません。博物誌のなかの動物を知っている人ならば一発でこれが何かわかるでしょう。そのまえに本文を。

南アメリカ州のチリ国に異獣(中国近辺にはいない、という意味)がいて蘇という。その尾は長く、体と同じくらい大きい。およそ狩人がこれを追うと、その子たちを背中に負い、尾でこれをおおって素早く走り、吼える。声は非常に大きく人を震え上がらせる。

この動物ゲスナーにも載っています水木しげるもイラストにしています。
ジョン・アシュトン『奇怪動物百科』や荒俣宏『怪物の友』によると、シェイクスピア時代の本『四足獣の歴史』(エドワード・トプセル)に掲載されていて、パタゴニアに棲むとされている。水辺にいるので現地語の「スウ」と名づけられた。猟師に追われたときの対応は上記に同じですが、落とし穴に落とされると子供を皆かみ殺して叫びまわる。人はこれをしとめて毛皮に使う。とのことです。