グリフィンはどこに棲んでるのか、翼はあるのか

 私がさっきざっと自分の手持ちの幻獣本を見た限りでは見つからなかったのですが、グリフィンがコーカサスにいる(リンク先Wikipedia)というのは何がソースなんでしょ? インドという話は聞きますけど(これは、アイリアノスあたりらしい・・・)。

 グリフィンについて伝わる最古のアイスキュロスは地理的によくわからないので放置するとして、ヘロドトスの『歴史』にはこうあります。
 巻4・17より
 ボリュステネス河畔を起点とする(スキュティア全土の沿岸部のちょうど中央部)
 ボリュステネス河は、黒海北岸にそそぎこむ川。
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 この河を北上すれば森林地帯があり、そして農民スキュタイ人がいる
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 農民スキュタイ人のところから東へ行き、パンティカペスをわたると遊牧スキュタイ人の世界
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 遊牧スキュタイ人の土地はゲロス河まで、それより遠くは王領スキュティア
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 王領スキュティアの東はマイオティス湖(アゾフ海)畔のクレムノイに及ぶ。一部はタナイス河(ドン河)まで
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 タナイス河を渡るとまずサウロマタイ人(ここらへんの南がコーカサスです)
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 サウロマタイ人のかなたにブディノイ人
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 ブディノイ人の国から7日間北へ行き、やや東に向かうと狩猟民族テュッサゲタイ人
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 テュッサゲタイ人と近いところにいるのは狩猟民族イユルカイ人
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 さらに東方へいくと別のスキュタイ人
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 長々とした荒野を過ぎると、高い山脈(ウラル山脈?)のふもとにハゲ民族。ここまではギリシア人やスキュタイ人も訪れることがある
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 ハゲ民族の東にはイッセドネス人
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 イッセドネス人のよりさらに遠くにはアリマスポイ人(又又聞き)
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 同じくさらに遠くにはヒュペルボレオイ。

 とこうなるのですが、ヘロドトスが誰からこれを聞いたかというと、多くはスキュタイ人からです。ヘロドトスは「アリマスポイ」というのがスキュティア語であることを知っていました(ただ、その解釈は間違ってますが)。そしてスキュティア人からイッセドネス人のことを聞き、そのイッセドネス人はアリマスポイ人のことを話しているということです。ところでヘロドトスのいうアリマスポイ人にはもう一つソースがあって、それはアリステアスという前7世紀ごろの人の叙事詩『アリマスポイ人』。アリステアスは実際にイッセドネス人のところまで旅したらしいですが(ヘロドトスもそうですが、すごい旅をするもんだな……)、叙事詩のタイトルからわかるように、アリステアスもアリマスポイ人とグリフィンのことを語っています。ヘロドトスの語る極東の知識のどこまでがアリステアスなのか、どこまでがスキュタイ人からの受け売りなのか、それはアリステアスの著作が散逸していること、スキュタイ人についての資料がほとんどないことなどから、決定するのは難しいでしょう。
 さて、これを見れば少なくともヘロドトスの語るグリフィンはコーカサスどころか、さらにその東の遠くにいるとされていることがわかります。少なくとも中央アジア西部には達していたのでしょう。ちなみに巻3・116には「ヨーロッパの北方には……金がある……アリマスポイという人種が怪鳥グリュプスから奪ってくる」(以上すべて岩波文庫の松平千秋訳を参考にした)とあります。

 ところで、『幻想の国に棲む動物たち』ではけっこう大胆な説が紹介されてます。それはイッセドネス人が遠くモンゴルのゴビ砂漠まで達していて、プロトケラトプスヴェロキラプトルといった化石を見てグリフィンを想像したのではないか、というものです。う、それはどうだろう・・・・。だって翼生えてないし……。

 でも、実のところ、グリフィンには翼が生えてなかったかもしれません。それはグリフィンに言及する、現存する最古の資料『縛られたプロメテウス』にある記述で、Perseus Projectにある英訳を重訳してみると、「ゼウスの、吼えることのない鋭いくちばしの猟犬、グリフォンたちに用心せよ……」とあります。鳥というよりは犬、四足動物にくちばしが生えているだけらしいんですね。そうなると、ややプロトケラトプスに似ているような気もしてきます。

 ここでも図像と名称の同一検証identificationが問題になるわけです。一般にグリフィンといえばギリシア以前のメソポタミアやエジプト彫刻にあるモチーフのことも意味するわけですが、それはもちろんグリフィンとかグリュプスとか呼ばれていたわけではなくて、ギリシア美術のグリフィンの逆延長上にそれらの動物たちが連なっている、というところから来た「普通名詞的」な呼び方です。だから、本当なら、グリフィン(グリュプス)というギリシア語とグリフィンという美術用語は区別して使わなければならない。もしかしたら、アリステアスのいうグリフィンはプロトケラトプスにインスパイアされた幻獣(くちばしのある犬)で、その「鳥+四足獣」という「言葉」による説明だけが、従来存在する西アジアの「グリフィン」も「鳥+四足獣」であることから混同されたのかもしれないのです。ちなみに松平訳では「怪鳥」とありますがこれは親切な訳者による補足です(つまり原文にはグリフィンとだけある)。
 ところで、パウサニアスの『ギリシア案内記』1.24.6.には、グリフィンはライオンの体で翼とくちばしがある、とあります。これはしかもアリステアスの引用です。犬とライオンじゃ全然違うような気がするのですが、(おまけに翼についての記述もあるし)何がなんだかわからないです。