ケサル大王物語 その1

 チベットの英雄叙事詩『ケサル王伝』。妖怪や悪魔が多数出てきます。そこでここの事典にも載せようかと思うのですが、ストーリーが思いっきりマイナーなので、後々に参照がしやすいようにここに物語の要約を残しておくことにします。
 元の本は『世界の英雄伝説9 ケサル大王物語〜幻のチベット英雄伝』君島久子訳、筑摩書房、1987年。

 例によって例の如く非常に淡白で面白みのない要約なので、物語として読む、というより情報として読んでください。

生まれる前から成長するまで


 昔のこと。天は白い梵天王が支配していた。梵天王の妻はポンチョンチェモ。子供は3人いて、一番小さいトンギュ・ガルポがもっとも賢く、力強く、優れた能力を発揮した。
 そのころ、地上には悪魔がはびこっていた。観世音菩薩はそれを見て心を痛め、梵天王のところへ相談に行った。二人は天界の誰かを地上に遣わすことで同意した。誰もがトンギュ・ガルポを地上に送れば大丈夫だろうと思った。梵天王も3人の息子のうち誰かを送ればいいとは思っていたが、誰にするかは決めかねていた。そこで息子たちに決めさせることにした。
 しかし、誰も最初のうちは行きたがらなかった。なぜなら、地上に行くためには、まず天上で死んで生まれ変わらなければならなかったからである。しかたないのでトンギュ・ガルポは競技して最も優れた成績を収めたものが地上に行くことにしようと提案した。すると、トンギュ・ガルポはとんとん拍子にすべての競技で優勝してしまい、結局自分が行くことになってしまったのである。
 心配した母親ポンチョンチェモは、トンギュ・ガルポを鳥の姿に変えて、まず地上の様子を見てこさせた。鳥の姿はこれまで見たこともないような不思議な美しいものだった。まず、彼はリン国の上リンガという地方へ降り立った。そこは平坦な美しい大草原だった。まず、彼はチャオトンタのテントところに近づいた。チャオトンタは、のちのちトンギュ・ガルポの叔父になる人物である。チャオトンタは鳥を見るなり不吉なものだと感じ取り、妻に弓矢を持ってこさせた。毒塗りの矢を放つその瞬間、鳥は逃げていった。次に鳥が向かったのはパヤメ・ソンタという人のテントだった。彼は逆にこの鳥の神々しい特徴を見抜き、二人の妻とともに捧げ物をした。鳥は次にソンタンルチェという王のテントを訪れた。ちょうど妻のカツァラモが外に降り、鳥を見つけると大変喜んだ。しかし、何も与えるものがなかったので、自分の乳房を取り出して鳥に乳を与えた。トンギュ・ガルポは、この人を母親にしよう、と決めた。
 天上に戻ると、トンギュ・ガルポは「赤いウサギ」というニックネームの馬(赤い斑点があり、ウサギのように速いから)、馬の世話をする白い雪の神、様々な神々の武具馬具、「黄金の蛙」「緑玉の蛙」、叔母のコンメンチェモを地上に一緒に連れて行くことにした。

 リン国は、上の方を上リンガ、下のほうを下リンガ、中央部をリンションと言った。王はタチャで王妃はナツォンチェモ。子供は5人、長男は先ほど出てきたソンタンルチェ。善良な人だった。次男はカレコンチョン。勇敢で武術に優れた人だった。三男はチャオトンタ。兄たちと正反対の性格の卑怯者だった。4人目と5人目はツァイクタとパンサンタ。数合わせだった。5人は成人しており、独立して暮らしていた。
 ソンタンルチェの妻はカツァラモ。小国の王の娘で、心優しく信心深い女性だった。しかし50になっても子供はうまれなかった。そこで娶った第二の妻はカティメン。しかしまだ子供は出来ず、3人目のナティメンが迎えられた。それでも出来なかった。
 ある日カツァラモが乳搾りをしてると、天にまばゆいばかりの閃光が輝き、天神たちの歌声が聞こえてきた。そして、天神の子供が美しい衣装をまとい、天女に囲まれながら地上に降りてきた。その子供が彼女の目の前に降り立った瞬間、カツァラモは気を失って倒れた。気を取り戻すと、彼女はナティメンに介抱されていた。カツァラモはナティメンに、さっき見たものの一部始終を話した。ナティメンは、それが彼女に子供ができることを意味することをすぐに悟り、自分がいる意味がなくなることを恐れた。
 実際にカツァラモには子供ができていた。しかし50にもなって子供ができたというのは恥ずかしいと、カツァラモは誰にも言わないでいた。でも女の勘は鋭い。ナティメンはそれとなく体調を気遣い、ついに妊娠していることを聞き出したのである。これはまずい。ナティメンは、まずソンタンルチェに、カツァラモが妊娠している事実を伝えた。もちろんソンタンルチェは大喜びし、国中にこの吉祥を触れ回ろうとした。しかしナティメンは、祝宴を行うための肉がないので狩猟に出て欲しい、と夫に頼んだ。それもそうだと考えたソンタンルチェは、弟たちとともに狩りに出た。
 数日後、たくさん獲物を得たので男たちは帰途についた。まずはチャオトンタが一足先に帰って到着を知らせることになった。
 ナティメンはこの狡猾な男が先についたのを喜んだ。チャオトンタを利用してカツァラモとその子供を亡き者にしようとしたのである。まずは、チャオトンタに、カツァラモが弟たちのことをさんざん侮蔑していた、などと嘘を吹き込んで敵対心を煽った。それを聞いたチャオトンタは内心怒り狂ったが、今はそれを抑えて冷静にカツァラモに帰国準備を報告をおこなった。そして獲物を持ち帰る人夫を連れて戻っていった。
 チャオトンタが戻ると、ナティメンは次に「狂い薬」を食事に混ぜ、カツァラモを狂わせてしまった。次には狼の心臓のスープを食わせ、しゃべることができないようにしてしまった。
 チャオトンタはソンタンルチェのもとに戻ると、カツァラモが、お腹の子供は兄の子供じゃないし、兄は獣にぶち当たって死ねばいい、帰ってきたら気が狂って右側の髪の編みさげを切る(=縁を切る)、などと言ったらしい、ということを伝えた。ソンタンルチェは半信半疑だったが、とりあえず急いで帰ってみることにした。
 出迎えにカツァラモの姿はなかった。そのとき、ナティメンはカツァラモの左側の編みさげも切り取ってしまった。ナティメンは、第二の妻カティメンとともに迎えに行こうと誘ったが、カティメンは心優しかったのでカツァラモの世話をするといい、一緒には行かなかった。ソンタンルチェがテントに近づくと、ぼろぼろになって狂ったような女が一人出てきた。しかし、それはカツァラモだった。
 落胆したソンタンルチェに、チャオトンタは彼女を実家に帰らせるように勧めた。しかしソンタンルチェは、カツァラモを、監視の目の行き届くところに追放することにした。しかし彼は悲しみのあまり何もできず、すべてをチャオトンタに任せてしまったので、カツァラモはほんの少しの財産だけ分け与えられて追放されてしまったのである。老いた雌馬、盲目の乳牛、片足の悪い雌犬、そしてヤギ一頭、ぼろぼろのテント。
 山の中に追放され、ようやく正気に戻ったカツァラモは、自分の状況を見て激しく悲しんだ。テントの中には食べ物も飲み物もなかったのである。
 数日後、薪をとりに森へ入ったものの、あまりの自らの処遇に泣き伏してしまったカツァラモ。すると、お腹の中の赤ん坊が、突然私は来月15日に生まれる、悲しまないで、と言った。これに驚いたカツァラモは、何か不吉な前兆であるとして、すぐに薪を持って変えることにした。その日はミズヘビの年(1060年)4月、鬼宿の日だった。大雪が降り、大地は揺れてうなりを発する。夕方近く、まずカツァラモは黒蛇を生んだ。そして次に黄金色の蛙。トルコ玉の色の蛙。7羽の黒い鉄の鷹。人間の頭のオオワシ。赤銅色の犬。これらが、次々と「御用のときはすぐに参上します」と言って消えていった。これらはトンギュ・ガルポの守護神で、彼が生まれるに当たって守護神たちも転生したのである。
 最後に生まれたのは巨大な肉の塊であった。すぐにカツァラモは意識を失ってしまった。しかし、同じ日の晩、カツァラモに与えられた家畜たちも子供を産んだのである。
 翌日、カティメン(優しいほうの妻)がカツァラモの様子を見に行くと、カツァラモのテントが光っているのが見えた。そして道中には、母子で寄り添っている動物たちがいた。カツァラモにあうと、カティメンも大きな肉の塊を見つけた。とりあえず裂いてみると、中に輝くばかりの赤ん坊がいたのである。赤ん坊は立ち上がるとすぐに、王になるぞ!と宣言した。びっくり。カティメンは自分の服を赤ん坊に着せ、帰っていった。カティメンが帰る途中、チャオトンタに出会った。彼女がチャオトンタに、カツァラモの吉事を話すとチャオトンタは一目散にカツァラモのところに駆けつけた。すると、役立たずの家畜を与えたはずなのに皆子供を産んでいるし、赤ん坊を見てみると、天神の子供であるということが一目でわかってしまった。チャオトンタは「これは人間ではなく毒サソリの子供である」と嘘をつき、赤ん坊を地面に埋めて帰っていった。しかし赤ん坊は何の問題もなく地面から這い出てきて、立ち上がった。その時すでに彼は8歳程度の子供になっていた。テントに入ると彼は母親に、わたしはタイペタランです、と名乗った。
 それからというもの、タイペタランはやせ衰えた母親を助けるために山野を駆け巡ったが、何一つとして見つからなかった。チャオトンタが母親にろくなものを与えなかったからである。そこで彼は、チャオトンタのところから牛や羊を盗んできては母親に食べさせた。そして、とうとう、叔父のところから財産を取り戻しに行く、と決意したのである。

 ある日、タイペタランは野外に酒席を設け、叔父たちを招待することにした。叔父たちはタイペタランが何かを考えているに違いないと思い、500人の従者を伴って出発した。タイペタランは叔父たちを丁重にもてなし、その後、自分のソンタンルチェの息子としての権利を主張した。父母ともに老いている。あなたがたの連れてきた従者1人に付き一頭牛と馬と羊をくだされば、それぞれ500頭にもなる、と。叔父たちもそのような要求が来ることは分かっていた。チャオトンタは、山あいの上にある草地と、中にあるジュマ海(ジュマという植物が生えている地)、下にある丸木橋を与えると宣言した。タイペタランはそれを受け入れた。
 タイペタランはまず上の草地へと向かった。そこでは人々が牛や羊などを放牧していた。タイペタランは石を投げて超人的な能力を誇示し、人々を脅して、草や水を使用するための代金を支払わせた。翌日、彼は下の丸木橋に行った。そして橋の上まで来ると、そこで寝ることにした。すると、そこに3姉妹がやって来た。彼女たちは山奥のチャロ・トンパと妻アチの娘で、上からチュモ、サイロ、トンロという名前だった。彼女たちは年頃だったので、近々名のある地方の王子達の所へ嫁ぐ予定だった。今日はジュマ海へジュマをとりに行くところだった。それに気付いたタイペタランは、3人とも美人で、とくに長女が美しく、彼女を自分の妻にすることに決めた。
 タイペタランは乞食の身なりをして寝そべり、彼女たちに食べ物を要求した。姉妹は持っているもの全てを渡したが、タイペタランは全て食べてしまった。どうしても通してくれないので、チュモたちは川の中を仕方なく渡ることにした。するとタイペタランは石を投げ、川の水量をどんどんと増していった。何を与えるといっても彼は聞かず、どんどんと川の流れを激しくしていった。そこで、最後にトンロが、チュモに、自分自身を与えるように叫んだ。これはどうしようもないということでチュモもそのようにタイペタランに懇願した。そうしてようやく3人は川を渡ることができた。
 家に帰って3人が母にそのことを報告すると彼女は愕然として、決してそれを許さなかった。しかし、実のところチュモは一目見た時から乞食、つまりタイペタランが素晴らしい人物であることを見抜き、彼のもとへ行こうと決心していたのである。だから、どんなに母親が反対しても彼女は自分の言葉を通していた。
 数日後、姉妹は王子のもとへと嫁入りする日になった。3人の王子たちは、ジュマ海にそれぞれ10万の人馬を引き連れて待っていた。タイペタランも10万の貧しい人々を連れてやって来た。サイロもトンロもすぐに自分の夫となる王子のもとへと向かったが、チュモだけは違った。チュモは自分の公式の相手である王子に向かって無理難題を吹っかけた。それはどうしても不可能だったが、タイペタランだけが超人的な力で持って成し遂げてしまった。それが出来たのはタイペタランだけだったので、誰もチュモに反対することはできなかった。
 しかし、タイペタランは家を持っていなかったので、チュモは自分の父母のいるところへと連れて行くことにした。でも、母親は二人を罵って追い出してしまい、しかたなくタイペタランは自分のテントのところへチュモを連れて行った。
 ある晩。タイペタランのところに、叔母のコンメンチェモが現われた。彼女は、タイペタランがリン国を支配すべき時がやって来たと告げた。目覚めて外を見てみると、そこにはすでに無数の天の兵士たちが立っているではないか。彼は「赤いウサギ」や武具を取り出すと、リン国の中央へと向かった。そこにはすでにすべてを完備した巨大なテントがあり、リン国の四方には砦が築かれていた。あっという間にこんなものがこの世に現われたのを見て、叔父たちはすぐに臣下になることを申し出、近隣諸国もみなこの大王に服従することになった。「世界に冠たる獅子ケサル大王」の誕生である。
 しかし妃がいなかった。チュモは、タイペタランがいなくなって、彼の革靴が細かく引きちぎられているのを見て、狼に食べられたのだろうと勘違いして親のもとへ帰ったのである。しかし実際に引きちぎったのはタイペタラン自身だった。母親は、これはまずいことになった、と思い、娘を寺院に向かわせ、仏門に入るように行った。否定する理由もないチュモは馬を走らせて寺院へと急いだ。そこへ、ケサルに遣わされた叔父のカレコンチョンがやってきた。そしてタイペタランがケサル大王に変身したことを告げ、チュモの居場所を探し出した。こんな感じでようやく妃を迎え入れるところまできたのである。
 その後二人は幸せに暮らし、国も繁栄し、人々も豊で幸福な生活を送るようになった。ケサルは12人の妃を迎えたが、一緒のテントにいることができるのはチュモだけだった。


 次は魔王ルツェンの話。ここで進めるより事典登録が先かもしれない。


主人公側
コンメンチェモ(トンギュ・ガルポの叔母)
タイペタラン(トンギュ・ガルポの転生、ケサル大王)
ツァラモ(タイペタランの母、ソンタンルチェの第1の妻)
カティメン(ソンタンルチェの第2の妻)
チェモ(ケサル大王の正妻)

悪役
チャオトンタ(ソンタンルチェの弟)
ナティメン(ソンタンルチェの第3の妻)

何も知らない人
ソンタンルチェ(リン国の王の長男)


 このペースだとその10くらいまで続きそう。