洪水を生き延びた巨人

中世ヨーロッパの伝説にウルタリーという巨人がいる。彼は英語版wikipediaにも項目が存在するくらい有名な伝説上の巨人なのだが、日本語では資料がほとんどない、というかGoogleで検索しても一つもヒットしない(最近ヒットするようになったが、依然として1つだけ)。
まあ日本ではヨーロッパ中世の伝説といえば英雄叙事詩とその周辺がいいところで、英雄でもなんでもない、大して暴れたわけでもなければ(いちおう暴れてはいるのだが、場所も時代も中世ヨーロッパから遠すぎ)功績を打ち立てたわけでもない、そして怪物的な特徴といえば背が馬鹿でかいところ以外に望み薄のクリーチャーに注目が行かないのも当然といえば当然かもしれない。とはいえ主要な怪物事典にウルタリーの名前がないところを見るとたぶん欧米でも事情は同じで、ウルタリーだってもしかしたら今でもキルヒャーマニアなど一部の好事家しか知らない存在だっただろう。
しかしウルタリーの名がフランソワ・ラブレーの第二の書『パンタグリュエル物語』に登場し、その淵源が旧約聖書の『創世記』と『申命記』にあり、さらにアラビアの大学者イブン・ハルドゥーンも同じ根を持つ巨人伝説に言及していたとしたら?

というわけで数年前から個人的にやっている(たぶん)「洋の東西問わず中世の伝説を布教しよう」運動の一環としてウルタリーを紹介することにする。

ラブレーによれば、ウルタリーはこういう巨漢だ。

まず初代開祖はシャルブロット、
これがサラブロットを産み、
それが更に、ファリブロットを産み、
それが更に、スープが大好きな大食漢で、大洪水時代に世を治めたウルタリーを産み、
それが更に、ネムロッドを産み、
以下略*1

さらにラブレーは、ウルタリーがノアの大洪水のとき助かった8人ではないのだからこの系図は成り立たない、という反論をまずは述べておき、それから「愉快な御連中で見事なヘブライの風笛吹きである聖書学者たちの権威」をもって、彼が箱舟のなかにいなかったことは間違いないが、それは大きすぎたからだ。ウルタリーは箱舟の上に乗って大洪水をしのいだのである。なかの人々はウルタリーに感謝をし、食料を与え、さらにその後も相談役として仲良くしていたのだ〜、とラブレーは続ける。
彼の諧謔口調からして彼がこの伝説を信じていたとは思えないが(しかもこのあとにルキアノス*2を引用して正当性を保証しているように見せかけている)、後述するように、事実ユダヤ教の学者の間には箱舟の上に乗っていた巨人の伝説が語り継がれていた。名前は違っているが……。

パンタグリュエル―ガルガンチュアとパンタグリュエル〈2〉 (ちくま文庫)

パンタグリュエル―ガルガンチュアとパンタグリュエル〈2〉 (ちくま文庫)

というわけで、ウルタリーはノアの大洪水のときも箱舟の上に載って生き残った巨人だった。ここで巨人というのはネピリムのことで、天使と人間の間に生れた種族のことである。神はネピリムたちを含めて大地から生命を一掃しようとしたのだから、当然彼らは絶滅したはずだ。でも聖書にはネピリムの生き残りだというアナク人が出てくるし、その他何人か怪物的な巨人が出てくる。たとえばバシャンの王オグ。

バシャンの王オグは、レファイム人の唯一の生き残りであった。彼の棺は鉄で作られており、アンモンの人々のラバに保存されているが、基準のアンマで長さ九アンマ、幅四アンマもあった。*3

アンマはひじから中指の先までの長さでおおよそ45cm。となるとオグの身長は4メートル近くあったことになる。ちなみにレファイムとは巨人のこと。聖書が書かれた当時は単なる異民族という意味だったかもしれないが(その可能性は低そうだけど)、少なくともウルガータ聖書ではgigantesと訳されているから中世ヨーロッパでは巨人だという認識があった。そしてまた、他の「大洪水以降」の巨人たちの出自という問題も存在していた。生き残ったのは人間だけなのに、いったいどこから巨人たちが湧き出たんだ?
そこでユダヤ教の学僧ラビたちは、この一節を文字通り受け取って「オグは洪水を生き残った唯一の巨人」とみなしたのである。オグの解釈は次のような物語へと発展した。
ノアはオグと契約を結び、彼を箱舟の上に乗せて助ける代わりに、子々孫々の代まで仕えるように言った。*4
オグはその後タルムードなどでもよく登場する人物となり、ユダヤのみならずアラビアでももっとも有名な名のある巨人となった*5。とはいえイブン・ハルドゥーン(1332-1406)はその巨大さを否定していたようだが*6
オグはいつしかラビたちの間でハパリットHa-palit「逃げし者」と呼ばれるようになる。このハパリットというのがウルタリーのことである、と渡辺一夫は注釈している*7
ちなみに*8「大洪水のとき、オグが箱舟に乗っていた」の唯一の出典は『ラビ・エリエゼルのピルケー』で、これは当然ヘブライ語で書かれており、ラテン語訳は1554年になされた*9。オグが生き残りであるという伝説自体はリラのニコラス(?〜1349年ごろ)が書いているが、箱舟に乗ったということには言及していない*10。となるとラブレーはどこでこの伝説を知ったのかということになる(パンタグリュエルの初版は1532年)。あるいは別経路からこの伝説を知ったのか? そもそもHa-palitとHurtalyのつづりは似ているようでいて似ていない。ヘブライ語からフランス語に至るあいだに変化していったという説もある。他に説明しようがないならそれでもいいかも知れないが……。
伝説の経路については、ウォルター・スティーヴンズは、「でも、ラビたちが思いつくぐらいなんだから、ラブレーだって『オグが箱舟の上にのって助かった』ってことぐらい思いつくんじゃないの?」と言っている。
語源については、ハパリットと似ているように感じるのは偶然だろうが、ウルタリーが「箱舟が座礁しないように脚で船を操作した」とラブレーが書いていることから、フランス語のheurte-là!ウルトラ「あそこを打て!」、あるいはイタリア語で同じ意味のurta lì!ウルタリ が含意されているのでは? と提案している(どちらにせよラブレーの発明というわけだ。Wikipedia英語版には「ラブレー以前から知られていた」とあるが、間違いということになる)。
結局よくわからないということですな。

Giants in Those Days: Folklore, Ancient History, and Nationalism (Regents Studies in Medieval Culture)

Giants in Those Days: Folklore, Ancient History, and Nationalism (Regents Studies in Medieval Culture)

ちなみに紀元前後?の散逸した書物のタイトルに『巨人オギアOgiaの書』というのがあり、古代ギリシアの洪水伝説にオギュゴスOgygosという王が登場している。前者はもしかしたら古代のオグ伝説と関係あるかもしれない。後者はややこしいことにオグと混同されてしまうようになり、さらに洪水から生き残った=ノア=オギュゴス=オグ!という等式まで成立してしまうことになる。その話はまたいつか……。

*1:渡辺一夫訳、1973、『第二之書 パンタグリュエル物語』第1章、p. 25。

*2:嘘の旅行譚ばかりちりばめた文学作品を書いた人(そのうちの一つは『本当の話』というタイトル)。しかもラブレーは改変している。幾重にもフィクションが積み重なっているのだ。

*3:新共同訳『申命記』第3章11節

*4:Louis Ginzberg, 1925, The Legends of the Jews, vol.5, p. 181. 『ラビ・エリエゼルのピルケー』に載っているらしい。Jewish Encyclopedia, s.v. "Og"

*5:Walter Stephens, 1989, Giants in Those Days, p. 89.

*6:『歴史序説』第3章第16節。森本公誠(訳)、2001、岩波書店、pp. 456-57。「講談師たち」のいい加減な話として片付けている。

*7:p. 256。

*8:以下、ほぼ、注釈にも書いているWalter Stephens, Giants in those daysの引き写しになります。この本はラブレー巨人学の研究書。

*9:Stephens, p. 241.

*10:ibid., p. 89.