ペリュトンとグリフィン

 ジョン・チェリーの『幻想の国に棲む動物たち』を図書館から借りてきてざーっと読んでいます。これは良い本です。特に古典世界やキリスト教における幻獣たちについての記述は(たぶん)正確で情報量も豊富、これまでこの本の存在を見逃していた自分が恨めしい。ただメソポタミアやアジアについてはいくらかミスもあるようで。訳者の知識不足からムシュフシュをムシュシュとしてしまったり、平気で紀元前「5000」年ごろの「バビロニア」神話に出てくる「オアンネス」と書いていたりはしてます。まあ、些細なことです。この本の主題はヨーロッパですから。それに訳者は有名な別宮貞徳さんです。

 ところで、グリフィンの項目を読んでいると、気になるところが見つかったのですが


十世紀の辞典『スダ』によると、東ヨーロッパのアヴァール族は、ひどい海霧が発生し、人類をひとり残さずむさぼり食うとうわさされるグリフィンが群れをなして現われたために、やむなく西方に移住したという。
 「海」「人類を残さず」「群れで」……
 私の頭の中で、1秒もしないうちにグリフィンとペリュトンが繋がりました。

 ペリュトンについてはホルヘ・ルイス・ボルヘスの『幻獣辞典』に詳しいことが載っています。
・ローマのまちは最後にペリュトンたちによって滅ぼされると予言された
・胴体は鳥、翼と羽毛があり、頭と脚は鹿
・その影は動物ではなく人間のもの
・群れをなしてアトランティスからやってくる
・人間の天敵で、人を殺すと救われるらしい
海上スキピオの軍勢を襲撃し、反撃を一切受け付けなかった
 という恐ろしい怪物です。

 動物と鳥の合成であること、群れをなして飛来すること、海に現われること、人類を滅ぼす勢いで人間たちを襲撃すること。ペリュトンと『スダ』にあるグリフィンには何らかの関連があるとしか考えられません。

 ただ1つ、今私にとって問題なのは「ペリュトンについての一次資料が見つからない」ということです。ボルヘス以前にペリュトンについて書かれたものが見当たらないのです。そしてボルヘス以後は、知る限りではすべてボルヘスのみを参照しています(孫引きは除く)。
 ペリュトンの資料についてボルヘスの語る変遷を簡略化してみますと、
A エリュトライのシビュラの予言
後642年、Aはアレクサンドリアの大火で焼失
B Aから取られた断片とペリュトンについての史実が残っているギリシアの古典注解学者の著作。今日散逸
C Bを引用したフェズ生まれの律法学者による歴史論文
CはWWII以前はドレスデン大学にあったが、爆撃のためか、禁書処分のためか、消失

そしてボルヘスは「いつの日か別の写本が発見されることを祈る」と言ってます。


・・・まさかボルヘスによる創作・・・じゃないですよね・・・?いや・・・・どうだろう・・・『幻獣辞典』自体、学術書というよりは文学作品といったほうがふさわしいわけで、その中に自身による創作項目があっても・・・いや、まだ断定は早い・・・?どうなんだ・・・?