ユニコーンとカルタゾーノス

 「事典」に検索に来る人の中でtanasinnに次いでユニコーンの数が多いということで、ユニコーンについて原典を当たってみることにしました。そういえば以前も同じようなこともしていたのですが、あのときは中途半端に終わっているので今回はその継続ということになります。

 まず、最古の例と言うのがクテシアスの著書らしいのですが、クテシアスの翻訳はおろか訳文もなかなか見つかりません……。やっと見つけたと思ったらドイツ語とフランス語でした。頑張ればドイツ語は読めそうな気もしますが、ちょっと無理な気もする......というわけで今回はクテシアスは省略。しかしインターネット上にクテシアス断片集の日本語訳が何故かあるので、そこのユニコーンの該当箇所にリンクをしておきますね。Ktesias 断片集(6/7)同(7/7)。でこれを見て今知ったんですが、一角獣についての断片はフォティウス(ビザンツ時代の人)の「ビブリオテーケー」T10とアエリアヌスの奴の今私の手元にない部分に載っているらしい。前者は今近くの図書館蔵書検索してみたところ、なぜかT9までしかない……とりあえず断念です。

次はプリニウスの『博物誌』でしょうけど、飛ばし。

 で、アエリアヌスの『動物の性質について』の手元にある部分を今回はやってみます。ロエブ古典叢書にあるものを底本としてみます。
原題こうなってます。
ΑΙΛΙΑΝΟΙ
ΠΕΡΙ ΖΩΩΝ ΙΔΙΟΤΗΤΟΣ
これの21巻20章にインドの野獣についての記述があります。
「また、同じ地域には、カルタゾノースと呼ばれる、角が1つの獣がいる。」
カルタゾーノスは原文だとκαρταζωνονとなってます。訳文ではCartazonusとなってます。
kartazōnonは何ぞやと思って始めたばかりのギリシア語文法書を手にとって見るも、まだ発音とアクセントのところまでしか進んでいないことに気付き、名詞の変化についてはさっぱり分からないことが判明。仕方ないのでムリヤリ名詞変化のところを見てみると、語尾によって変化が異なるとのこと。訳文から判断するとosで終わるに違いない!ついでに複数形か単数形か……とりあえず単数形だと勝手に推測してみると「第二変化またはO-変化」と呼ばれるものだそうで。-onに終わる形は対格だそうな。対格とは何ぞ。「〜を」という意味らしい。なるほどここは「カルタゾーノスを云々」という意味だったんだ!でも他の文法も単語もさっぱりわからないや(´・∀・`)長々とした脱線失礼しました、並べられてる英文を素直に参考にしますです。
とりあえず一角獣はここではKartazōnosと呼ばれている、と。注釈には、おそらくサンスクリット語で「一角獣=サイ」を意味するカドガKhaḍgaとカドギンkhaḍginが関係あるのだろう、とのこと。より完全な形はカドガダンタKhaḍgadantaで、ペルシアではKargadanとなった。んでギリシア語のカルタゾーノスKartazōnosはこのあたりが元ネタだろうとあります。ついでにκをKに転写しましたが、普通はCにするのでこの場合はCartazōnosとなります。
「大きさは成長した馬ほどで、馬のタテガミがあり、毛は赤く、脚は非常に速い。脚は象のようで関節がなく、尾は豚のようである。」大きな体、象のような脚、豚のような尾といった表現はサイを思い出させます。脚は速いのでしょうか?
次に角があることの描写。
「両眉の間からは角が伸びている。角はなめらかではなく自然に渦巻状に伸びており、色は黒い。この角は非常に鋭いといわれる。」
こんなわけで現実のサイとは微妙に齟齬が生じてます。
「また、私はカルタゾーノスは全ての動物の中で最も耳障りで力強い声を出すと言われた。他の動物が近づくと、この動物は敵対はせずに穏やかにするが[相手にするほどでもない、ってことでしょうな]、同種とは闘争的になる傾向がある。また、オスは本能的に他のオスと角突きで戦うだけでなく、同じような本性をメスたちに対しても向け、その闘争性は自分の相手が負けて死んでようやく終了するような長さにまで至る。この動物の体のどの部分にも力強さが存在し、その角の力は無敵である。カルタゾーノスは寂しい牧草地を1頭で草を食むことを好む。しかし発情期になってメスとツガイを作るとおとなしくなり、さらに並んで草を食みさえする。その季節が過ぎるとメスは妊娠し、インドのオスのカルタゾーノスはその野性的で孤独な本来の性質を取り戻す。彼ら[ペルシア人]は、また非常に若いカルタゾーノスはプラシアの王のところへ連れて行かれ、公開の場で彼らのもう1つのものに対する強さを披露する、と言う。しかし、完全に成長したこの獣を捕らえたという話は知られていない。」
最後のところは意味がちょっとわからんです。ペルシア人が話すには、
1.インド人は若い一角獣を連れてきてそれと対決し、自分の強さを示す
2.インド人は若い一角獣を連れてきて別人が連れてきた一角獣と対戦させ、自分のものの強さを示す
どれだろ?このblogを書いた後に見つけたネット上の日本語訳では(ここよりもずっと優れている)「2」の方向で訳してました。
ま、とりあえずは
*かなり強い
*普段は単独行動を取る
*極めて闘争的
の3つの点が重要ってことになるでしょう。以上で記述は終わりで次はインドのサテュロスの話になりますが、それはまたいつの日か。
とはいえ、原典を当たったところでとくに特筆すべき点はないですね。ついでにアエリアヌスには角の消毒作用についても別の巻に記述があるらしいです。これはまたいつか。


クテシアスについては英語からの訳がジョン・チェリー『幻想の国に棲む動物たち』p59-60にあります。
次にあるのがメガステネスらしい。
→ストラボン『地誌』XV(I_56)
その次がプリニウス『博物誌』。これは日本語訳が(英語からの重訳ですが)存在します。
さらにカエサルの『ガリア戦記』にもあると。ただ、これは岩波文庫の注釈では「後世の挿入だろう」とされています。
ついでにアエリアヌスのも一部『幻想の国に棲む動物たち』p61にあります。
アエリアヌスには普通にモノケロース(μονοκερως)ともあります。
ギリシア・ローマ時代の本物のサイと一角獣の関係については『動物と地図』に記述があったはず。
ローマにはディアナとともに一角獣が描かれた水彩画がある。
70人訳聖書でレ・エムという動物がモノケロス(一角)とされた。
ウルガタ聖書ではそれはリノケロス(鼻角)またはウニコルヌスとなっている。
→4世紀には聖書の動物として神聖化された。カイサレアの司教聖バシリウスが貢献。
『フィシオロゴス』以降、西欧の動物誌に普及。以下略。