サイと一角獣

 多くの本では実在のサイとユニコーンの起源を同一視しているようですが、ウィルマ・ジョージ『動物と地図』それをきっぱり否定しています。
 「初期にユニコーンがサイの話と混同されていたということは、ありそうにもない。というのは、初めのころから、鼻の上に角のあるサイと、プリニウスによれば偶蹄のアンテロープであるモノケロスとは区別されていたからである」。
 んで、サイとユニコーンの同一視は、アリストテレスが「複数の角=偶蹄類」だから「一本の角=奇蹄類=インドのロバ・サイ」としたところに始まるとしています。

 確かに昔の本の多くでは一角獣とサイは区別されています。例えばプリニウス、アエリアヌス、ソリヌス、セビーリャのイシドルスなどです。しかしその彼らの原典に当たるクテシアスやメガステネスは一角獣と併記してサイを描いているわけではありません。また、アリストテレスは同一視しています。

 とりあえず、手元にあるアエリアヌス(17:44)からサイについての記述を引用してみます。


 サイ[ῥινοκέρως/rhinokérōs/リノケロース]の姿かたちや外観についての描写は、多くのギリシア人やローマ人が実際に見たこともあってありきたりになってしまう。とはいえ、ここでその生き方の特質について述べることに害があるわけではない。それの鼻の先には角があり、それゆえにこの名前がついている[サイ=リノケロスは「鼻角」という意味]。角の先はきわめて鋭く、その強さは鉄にも比肩しうるものである。それにくわえ、サイはそれを岩で研ぎ、象と接近戦をおこなう。ただ、別の意見によれば、象は背が高く途方もなく強いので勝負にならないともいう。そのようなわけで、サイはその脚の下にもぐりこみ、下からその腹を角で傷つけ切り裂く。すぐに象は失血して崩れ落ちるのである。サイと象は食物の地の所有をめぐって争うが、多くの象がこんな感じで死んでいるのに出くわすこともあるだろう。もし、しかしサイが先述のように十分素早く行動できない場合は、サイはその下に押しつぶされ、象はその鼻を振り回してサイに巻きつけ、素早く持って引きずり、落として牙でサイを細切れにする。サイの皮革は非常に強くてどんな矢でも貫くことができないのだが、攻撃するもの[象]の力は極めて強力なのである。
先日のカルタゾーノスと比較すると、主に次のような相違が見られます。

★リノケロース=サイ
*見たことがある人は多い
*鼻から角が生える
*象と戦う
*やるかやられるか
*形態についての描写なし

★モノケロース=カルタゾーノス=一角獣
*インド人からの伝聞(メガステネース)
*眉間から角が生える
*同類と戦う
*他の動物は相手にしない
*形態についての描写あり

 注目したいのが「鼻から角」と「眉間から角」の違いで、インドサイはどうみても眉間(クテシアスでは「額」)から角がはえているようには見えません。額からということはやっぱアンテロープ類がもとになっているということでしょうか?
 ちなみに、プリニウスやアエリアヌスのいうリノケロスは角が一本しかないということで、ほぼインドサイで間違いがないようです。なお、角が複数あるアフリカサイについてはパウサニアスなどが記述しています。

 またもう1つサイっぽくない記述というのがあるのですが、これについてはやや記述が混乱してます。
クテシアスの断片では、一角獣は「野性のロバ」であり、「その他の単蹄動物とは違って」とあるように、この動物は奇蹄類であるとしています。
プリニウスは、上記のように偶蹄類であるとしています。

アリストテレスも……あれ?
 一角獣であるインドのロバについて記述があるのは『動物誌』2巻1章(499b20)なんですが、そこにあるアリストテレスの記事をまとめると
・角のある動物の多くは偶蹄目。牛、鹿、山羊など
・奇蹄類で角が2本のものはなし。
・→奇蹄類は角が1本。
・→角が2本のものは偶蹄類。
→偶蹄類で角が1本のものはなし。
・奇蹄類で角が1本のものはインドロバ。
・偶蹄類で角が1本のものはオリックス
 『動物と地図』でジョージがアリストテレスの主張としているのは
・偶蹄類で角が1本のものはなし。
・角が1本のものは偶蹄類ではない。
・だからインドサイは奇蹄類であり、奇蹄類のインドロバと同一である
・・・ああ、アリストテレスの背後にはインドロバ(偶蹄類)とインドサイ(奇蹄類)がいて、1本角は奇蹄類のみという推測に基づいてインドロバの分類を奇蹄類にした結果、同じく角1本で本来の奇蹄類であるインドサイと混同された/同一視した、ということになるのか。
 でも、アリストテレス以前の資料であるクテシアスは奇蹄類と述べています。ジョージはなにをもとにして一角獣は当初は偶蹄類だったと推測したのでしょうか?『動物と地図』に挙げられている理由は、「すべての一角獣の絵は偶蹄類」「プリニウスも偶蹄類だとしている」です。が、一角獣の絵が云々については影響力の強かったプリニウスが原因だと考えればよいわけで。ジョージはそのあと、サイではないなら何なのか、ということでチベットアンテロープやガゼル、オリックスなどの偶蹄目の動物をイメージの源泉として挙げています。
 確かに、敏捷である、ロバと呼ばれる幾分スリムな身体、額から伸びる角、(アエリアヌスによれば)渦巻状になっていること、などはアンテロープ類の特徴と一致し、逆にインドサイとは異なる特徴となります。しかしクテシアスは奇蹄類だと述べています。アンテロープ類は偶蹄目です。
 ・・・だからってインドサイになるってわけでもないような。これまで現代用語の奇蹄類で統一しておきましたが、正確には単蹄類。サイの脚って馬やロバとは違って3指あるんですよね……。単蹄類とは呼びにくいです(サイの形態について詳細を省いたアエリアヌスはおいておくと、プリニウスはサイの蹄について何と書いたんだろう?それがヒントになるかもならないかも)。
 現代人のジョージさんはともかく、プリニウスが一角獣を偶蹄類としたのは何ででしょう? 何か別の資料にアンテロープ類と一角獣の関連をほのめかすものがあって、それを参考にしたんでしょうか? アリストテレスの記述を無視するくらいだからなにかありそうなものです。

 まあガゼルにせよインドサイにせよ、単蹄からは程遠いところにあるようで、どっちが起源かとは即断できませんね。
 ちなみにジョージさんのいう通り、現在ヨーロッパで知られている一角獣の絵はほぼ「偶蹄」、蹄が二つに割れています。

 今日はここまで。