ベスティアリ -Bestiary-

 ベスティアリというのは主に12世紀ごろからイングランドを中心に広まったイラスト付き動物図鑑のようなものです
 とはいっても年代から分かるように、ベスティアリは決して生物学的に正確なものではなく、その中には猫や犬といった身近な動物からユニコーンやドラゴンといった空想の動物(まさに幻想動物の事典で扱うような)まで、当時伝聞や文献によって知られていた様々な動物が掲載されています。たとえ実在している動物だとしてもその説明はかなりおかしくて、例えば鯨などは当然鱗の生えた魚になってしまっていたり、アンテロープはノコギリ角で大木を切り倒すことができたり、・・・実在と空想の中間とでもいうべき謎の動物たちがたくさん紹介されています。
 そんな種種雑多な動物たちの解説にあたって、修道院の執筆者(や翻訳者)たちは民間語源学からその性質を説明したり、キリスト教の寓意をこめてみたりして、当時の人々のイメージの中にあった動物たちをそのまま一冊の本にしてしまっています。これは、卑近な言葉でいえば動物雑学集にでもなりましょうか。
 んで、イラストも当然、動物図鑑のようにおとなしくしているわけではありません。アンテロープユニコーンのページでは狩人に殺されかけ血を流している場面が描かれていますし、ハリネズミのページでは、ハリネズミがひっくり返ってその背中に地面に落ちた果物をくっつけてるユーモラスな絵が見られます。カラドリウス鳥のページでは、病人のベッドに佇んでその人の生死を決定する姿がイラストレーションされています。

 で、昨日ベスティアリの本がAmazonから届いたんです。

 Ann Payne "Medieval Beasts" 「中世の動物たち」

 とある海外の大学のベスティアリ文献情報のページにあった個別の動物に関するリストの中に必ずこの書籍の名前があったので、どんなもんか興味があって購入してみたのですが、
 内容としては、当時のベスティアリのイラストに軽く解説をつけているという感じです。それぞれの伝承や伝説の詳しい出典や変遷の経緯などは省かれています。つまり逆に言えばベスティアリそのものにあるラテン語やフランス語の解説に特化しているということで、その点、かなり原点に近づくことができるのはなかなか嬉しいです。ただ、一つの写本をもとに翻訳したわけではなく、複数の写本から一つの解説を書き上げているようです(どのベスティアリも内容的にはほとんど大差ないらしいですが)。
 ベスティアリから採ったイラストはほぼ全ページに渡って載っており、もちろん綺麗に印刷されていますし、一部のどうでもよさそうな動物以外のイラストはすべてカラーで、ちょうど本物のベスティアリを見ているような気持ちになります。すべてのイラストには正確な出典情報が記されています。中には荒俣宏の本にあるようなのもあって、ああこれが元ネタか( ̄ー ̄)ニヤリとなることもあったりして。

 中世の動物画やその寓意に関心のある人なら読んでもいいのではないかと思います。イラスト主体の本です。

ちなみに載っている動物たちは
ライオ トラ ヒョウ(パルドとレオパルド) パンサー アンテロープ ユニコーン 山猫 グリフィン 象 
ビーバー アイベックス ハイエナ レウクロタ(リュークロコッタ) ボナコン 猿  サテュロス 雄鹿 
山羊 一角獣 熊 ワニ マンティコラ 狐 パランドルス イェール 狼 犬 羊 雄羊 子羊  猪 牡牛(bullとoxen) 駱駝 ヒトコブ駱駝  ロバ オナガー 馬 猫 鼠 鼬 モグラ 針鼠 蟻 鷲  猛禽 鶴  鸚鵡 カラドリウス 青鷺 白鳥 ダチョウ フェニックス  キノモルグス ペリカン 梟 セイレン オノケンタウロス ヤマウズラ 鷹 蝙蝠  烏 鳩 雉鳩 燕 孔雀 鶏 フープー 蜂 ドラゴン バシリスク 蝮 アスプ  スキタリス アンピスバイナ ヒュドルス ボア ヤクルス セプス ディプサ 蛇 サラマンドラ/山椒魚 魚 セラ イルカ 鯨


 ただ、上にも書いた通り、ヨーロッパ中世全般の流れとしての個々の動物についての伝承を知るには少し物足りないので、toroiaがこれまで読んだ中でいくつか補完的な、というかまとめ的な資料を挙げときます。

オットー・ゼール『フィシオログス』博品社 ベスティアリの元ネタの1つ、ギリシア語→ラテン語の動物寓意集。
P・アンセル・ロビン『中世動物譚』博品社 ベスティアリというよりは中世から近世にかけてのイギリス文学に登場する動物たちの解説。
荒俣宏『怪物の友』集英社 とりあえず読んどけ。
ジャンポールクレベール『動物シンボル事典』
ジョン・アシュトン『奇怪動物百科』博品社 出典不明なのが多いながら色々ある
なんとか・チェリー『幻想の国に棲む動物たち』←正確な書名と著者名を忘れました・・・