オイディプスとスフィンクス(スピンクス)の神話は謎をはらんでいる。それ自体が謎を主題とした神話なのに加え、「神話の意味するところ」を探る人々にとってこれほど深層意識を掘り起こしてくれそうな物語もないと思われる。
文化人類学の重鎮クロード・レヴィ=ストロースは『構造人類学』第11章において、これまでとはまったく違った「構造」という観点からスフィンクス神話、というかカドモスからアンティゴネに至るテーバイ神話群を分析して見せている。レヴィ=ストロース風に言うならばこの分析は余技のようなものだが、あまりに見事なので彼の構造主義的神話分析の代表例ともされてしまっている。
でも日本語のウェブを見るとスフィンクスに興味を持つ人はいても(とくに、謎解きと自殺の理由)これを知らない人は多そうなので、ここで紹介してみることにする。詳細は本読んでください。
I | II | III | IV |
ゼウスにさらわれた妹エウロペをカドモスが捜す | |||
カドモス、竜を倒す | |||
スパルトイ、殺し合う | |||
ラブダコス(ライオスの父)「びっこ」 | |||
オイディプス、父ライオスを殺す | ライオス「左方」 | ||
オイディプス、スフィンクスを殺す | オイディプス「腫れた足」 | ||
オイディプス、母イオカステと結婚 | |||
エテオクレス、兄弟ポリュネイケスを殺す | |||
オイディプスの娘アンティゴネ、禁を破り兄ポリュネイケスを埋葬 | |||
親族+ | 親族− | 土中出生− | 土中出生+ |
普通に神話を読むときは左から右へ、上から下へ読めばいい。
レヴィストロースによればI欄は「過大評価された親族関係」であり、II欄は「過小評価された親族関係」である。IIIは「怪物退治」。IVは多少説明が必要で、物語の流れというよりは、IとIIが対応するようにIIIとIVを対応させるために挿入された語源神話である。「びっこ」「左方」「腫れた足」、いずれも「まっすぐには歩けない」ことを暗示している。これはIIIのカドモスによる竜退治に関係していて、カドモスは竜を殺すことによって土から人々を誕生させる。つまり竜を殺さなければ土から人が誕生できない。またスフィンクスは人間の本性を問い、人間を殺す。つまりスフィンクスを殺さなければ人間は生きることができない。レヴィストロースは北米神話から「土中から生れた第一世代はまっすぐ歩くことができなかった」事例を持ち出し、ラブダコス、ライオス、オイディプスもその系列に連なるのだとする。つまり「人の土からの出生の持続」である。「人の(土からの)生誕・生存の否定」であるIII欄と、こうして対照性がうまれる。レヴィストロースはこのような神話素(mythologem)間の二項対立を重視した。
そしてI、II欄とIII、IV欄の関係といえば、親族関係……2人の人間から生れるという要素が左側にあり、土……一つから生れるという要素が右側にある。つまりこの構造は、経験的事実と神話的理論の矛盾を表すものであり、オイディプスはその両者を行き来する媒介項として存在するのである。
レヴィストロースは非常に要素を限定しているが、自身で言っているように、ここにイオカステの自殺やオイディプスの目潰しも入れることができる。こうした自損行為はIII欄に入る。
ところでこの表によればスフィンクスは殺されたことになっているが、よく知られているのは自殺だ。自殺でも他殺でもいいのはもう言うまでもないと思うが、もっとも有名な原典であるソポクレスの悲劇『オイディプス王』によれば、スフィンクスはオイディプスに殺されている。
これがレヴィストロースの初期構造分析。彼によるとギリシア神話は残されているものが文学的装飾だらけであまり構造分析には向いていないのだという。彼の本領は北米・南米先住民神話を対象にした大著『神話論理』全4巻で発揮されることになります。