グリムのドイツ神話学 「死神」

前から、たまに名前を見かけては読みたいと思っていたヤーコプ・グリムの『ドイツ神話学』。Northvegrのサイトに英訳があるのだが、英訳+ウェブ上という、二重に読みたくない要素のおかげでまともに読んだことはなかった。邦訳はないものかと思って探していると、少し前に青土社の雑誌『ユリイカ』1999年4月号に「死神」の章だけ訳出されていることを知り、コピーを入手。
読んでみたらすごかった。グリムは印欧比較言語学者でもあったからものすごく多言語がポンポン出てくるのね。
「死神」。死神というのは非常に微妙な存在で、片方に自然現象としての「死」があり、その対極に「死の神」や「死の天使」がいる。しかし民間伝承に出てくるのはその中間、つまり詩的表現としての「死」の擬人化と、具体化されたアレゴリーとしての「死」が多いのだ。そもそも「死神」と「死」の区別は日本語であってドイツ語ではどっちもTod=英語のdeathである。それを幻想的存在的視点からどう捉えるのか、難しいところ。こういうのは「運命の女神」も同じで、日本語では「運命」と区別されているが英語ではどっちもFates(9割がた複数で現れるので複数形です)。神格と概念が同じ名詞だというのはよくあることだけど(ローマなんてその最たるもの)、この2つは民間信仰レベルに広く浸透していて「幻想動物」の仲間として扱うとなると、とくに面倒だ。「いったい実体として存在していると信じてるのか、あくまで譬えなのか、どっちなんだよ!」しかし、こういった言葉を伝承している人々にとっては全く無意味な質問である。
ちなみに死神の名前はたくさんある。シュトレックフスStreckfuß、ブレッケツァーンBleckezahn、シュトレッケバインStreckebein、デュールバインDürbein、クラッパーバインKlapperbein、クプファービッケルKupferbickel、ホルツマイヤーHolzmeyer、などなど。

 邦訳が出ない理由はグリムの時代と比較言語学者ならではの博識に関係がありそう。「略号のみで記述される各種文献の正式名」が170年以上前のことなのでわからない。古語の引用も多く、中世ヨーロッパ語に通じてないと訳出ができない。ということを上記「死神」の訳者木村豊が後記している。