龍蝕(前編)

日食が始まる前にこういうのを書いとけば少しはこのブログを見てくれる人が増えただろうに……と思いつつ、流れに棹差せない形で、あまり知られていない「日食と竜=ドラゴン」について少し書いてみようかと思います。

そもそも天文学占星術では、天球上、食が起こるところ☊をドラゴンヘッド(dragon's head)と☋をドラゴンテイル(dragon's tail)と言います。もとはラテン語でカプト・ドラコニス(caput draconis)とカウダ・ドラコニス(cauda draconis)、両方あわせて英語でノード。そして天文学的な月の周期(一般的な感覚でいう「一月」)をドラコニック・マンス(draconic month)と言います。もうこれだけ並べてしまえば日食とドラゴンとの関係なんて自明もいいところだというのがわかると思います。
しかし一つ問題が。
少しでも神話や怪物に関心のある人なら、いろんな文化における神話で、日食や月食は太陽や月を呑み込んでしまおうとする怪物によって引き起こされるのだという物語、というか説明があるのをご存知でしょう。たとえばユーラシア北部では狼や犬の怪物が食を起こすとされていて、北欧神話ではそれぞれスコルとハティっていう名前がついています。ルーマニアではヴァルコラキという吸血鬼?が、南米では天空のジャガーや大きなコウモリが食の原因であるとされました。そこまでくれば、食が起こるところを「ドラゴンなんたら」というからにはドラゴンが日食を起こすという神話が語源となったラテン語圏、つまりローマ神話ギリシア神話にあると考えざるを得なくなるのですが、そんなものはどこにもない。
つまり単なる呼び名としてドラゴンなんたら、なんたらドラコニスが残っているだけ、ということです……。
ところで日食神話といえば有名なのはインドのラーフです。ラーフは詳細は略しますが『マハーバーラタ』などによると不死の妙薬(アムリタ)をこっそり飲もうとしてお天道様にみつかりヴィシュヌに首を跳ね飛ばされたので、言いつけた太陽を(生首姿で)追っかけて時々食べてしまう、という阿修羅です。ラーフは伝統的に怖い顔をした人間の姿で、ときには生首だけ、ときには上半身だけで描かれます。
ラーフの切断された首から下あるいは下半身はケートゥと呼ばれるそうです。ラーフとケートゥは仏教を通じて中国や日本にはいり、それぞれ羅睺星と計都星と呼ばれるようになりました。あれ? 星? そうラーフとケートゥはなぜか阿修羅そのままではなく惑星の仲間として、インド占星術導入の過程で漢字文化圏へと紛れ込んできたのです。まぁ羅睺のほうは『法華経』にちゃんと阿修羅王で出てきてますけどね。
そもそも昔は太陽と月が重なって食が起こるということは知られていませんでした。人々は、太陽や月が「そこ」(ノード)にくると、「そこ」にあった天体が日月を隠してしまうのだ……と考えていたらしいのです。その天体が、インドの場合、日食を起こす存在であるラーフと、月食のケートゥであるというふうに名づけられたのだそうです。この二つは擬似惑星(pseudo planet)ともいいます。
ヨーロッパの話に戻ると、西洋占星術には詳しくないから何ともいえませんが、アラトス(前3世紀)は『星辰譜』に「月がまっすぐ地球と太陽の間に入って日の光を翳らせる」と書いてますし大御所プトレマイオスも擬似惑星であると考えようとしていません。しかしテルトゥリアヌスは『マルキオン駁論』で、占星術をやたら信じる人について書くところでドラゴンヘッド(ギリシア語でアナビバゾンanabibazon:上昇とかそんな意味)を惑星と並べています。
それでまたインドに戻りますが、実は、インドには、ラーフとケートゥを蛇だと書いている文献がありました。それはヴァラーハミヒラの『ブリハットサンヒター』というインド占星術の集大成文献で(邦訳『占術大集成』)、でも「どうもラーフとケートゥを蛇だとする説もあるようだ」というやや弱腰な感じです。この本の成立は6世紀前半。そしてもう一つ、こちらは10世紀前半の成立なのですが、インドを調査したペルシア人のアル=ビールーニーが『インド誌』で「インド人は竜の頭をラーフ、尾をケートゥという。しかし尾のほうについては滅多に語らない」と書いています(彼はヴァラーハミヒラを読んでいる)。ケートゥは実際下半身が蛇となっていることがあります。しかし実際のところ元々ケートゥの指すところはドラゴンテイルではなく彗星であって、尾を引くから蛇の下半身というのは納得の行くところではないでしょうか。
というわけで実はラーフは蛇だった説があったわけですが、私の知るかぎりでは神話としてラーフが蛇だったという物語はみつかりません。それにヴァラーハミヒラも蛇説には否定的な態度を取っています。しかしここで注目すべきはアル=ビールーニーが「竜の頭」という仕方をしていることでしょう。実はアラビアでも(『インド誌』はアラビア語)ノードは竜というかドラゴンを表す専門用語で言われていたのです。
アラビア語でジャウザフル。ときどきもっと普通のティンニーン(竜)と言われることもあります。ただしアラビア占星術天文学ではすでにジャウザフルは天体の一種あるいは擬似天体であるとみなされていたようで、神話的なバックグラウンドはありません(民間信仰レベルではあるかもしれない)。むしろ注目すべきはジャウザフルの語源で、それは一般的に注記ペルシア語のゴーチフルであると考えられています。
ゴーチフルは、こちらは正真正銘の神話上のドラゴン。『大ブンダヒシュン』によると、ゴーチフルは頭が双児宮に、尾が人馬宮にあり、銀河はこのドラゴンの光です。空の只中に立っているとする表現もありますが、これはもう一つの天空上のドラゴンである「りゅう座」のイメージが重なっているのではないかと言う説があります。りゅう座北極星を取り囲むように位置していて、何千年か前まではりゅう座のトゥバンが北極星でした。どういうことかというと天球の「軸」としての蛇、ドラゴンです。どうやら時折天空のドラゴンのイメージには天球をぐるりと囲繞するのとその輪の軸という二つが混交しているようなのです。
ゴーチフルの語源はアヴェスター語のガオチスラ「牛の種」で、月の形容辞に使われていた言葉です。それがめぐりめぐってドラゴンの名前になったらしい。終末時にゴーチフルは地上へ落ちてきて、金属を炎で焼き尽くします。しかしその炎は人々の浄化に必要なものであり、それどころか地獄にまで流れ込んで浄化してしまうのだそうです。ちなみに月食を起こすのはムーシュパリーグ。こちらは翼の生えたドラゴンだそうです。
それでカプト・ドラコニスの話に戻りますが、ちょっと調べただけではこの語の出典がなにかわかりませんでした……。ギリシア語では上記のようにアナビバゾンといい、テルトゥリアヌスのラテン語でもそのままAnabibazonとなっています。惑星と同列に扱われるのはプロクロスのころ、4世紀以降です。オーギュスト・ブーシェ=ルクレルクによると、ノードにドラゴンを当てはめる起源は、バビロニアグノーシス主義にあるそうです。バビロニアでは食の軸がりゅう座(上記参照)であり、それはアヌ神のことでもあった。ヒッポリュトスによれば、異教徒の説ではドラゴンは頭を東に尾を西に伸ばし、全世界を監視しているとのこと。『カルデアの託宣』では、ドラゴンは惑星と獣帯が作られる前にデミウルゴスによって創造された云々。要するに宇宙論的な、天空のドラゴンがいるから何たら……ということらしいのですが、どうも直接結びついてくれません。宇宙を囲繞するドラゴンや蛇の神話は東地中海で断片的に知られているようで、ウロボロス宇宙論的な意味を持たされているのを想像してみるとわかりやすいと思います。ウロボロスについては色々な研究論文が出ていますが、つい最近Journal of Folklore Research誌に「オーロラ現象としてのウーロボロス」という、結論は微妙だけど世界中からウロボロス的なものを集めている論文が出ているので(Vol.46, No.1, 2009, pp. 3-41)、これを参照してみるといいと思います。この論文によると古代エジプト末期やグノーシス主義ユダヤ教に世界を取り囲む蛇というイメージが存在しているのだそうです。ただしどれも直接日食とは関係ありません。
(後編に続く; 文献も後編に掲載)