イマップ・ウマッソウルサ

ちょっと元ネタをたどったりして見ていたら、いろんなことがわかるもので。

私は英語版の原書しか持っていないのでわかりませんが、Imap Umassoursaという項目が『神獣』に存在するはずです。イマップ・ウマッソウルサという感じかな?
ちょうど神魔精妖名辞典さんにローズ辞典からの引用として「イマップ・ウマッソウルサ」という項目があったので、無断引用します。
グリーンランドイヌイットにおける巨大な海の怪物。平坦な島と間違えられるほどに大きく、漁民達にとても恐れられていた。水深が深い筈の海域なのに水深が浅かった時、イマップ・ウマッソウルサの体の上に船が乗り上げてしまった可能性が疑われる。イマップ・ウマッソウルサが水面に姿をあらわせば船は転覆して船員達は氷海に投げ出され誰一人助からない。

原文と照らし合わせてみるとだいたい同じです。ただ、最後の一文は重要なので原文と私訳を並べておきます。
>When the monster rose to the surface it could tip a boat and any crew into the water, where they would be unable to save themselves in the freezing temperatures.
>この怪物が水面へと隆起すれば船は転覆し、船員たちは水に放り出され、凍えるような温度の中で彼らが助かる見込みはないだろう。

さてこの項目のリファレンス番号は134。本書ではよく見かける数字で、Michel Meurger, Claude GagnonのLake Monster Traditionsという本であるとなっています。この本の索引からイマップ・ウマッソウルサを引いてみるとありました。
Imap Umassoursua。いきなり綴りが違っている。元ネタだから本書のほうが正しく、イマップ・ウマッソウルスアとでもなるのでしょうか。でも-ssou-という綴りがフランス語っぽいんでイマップ・ウマスルシュアのほうが原語に近い気がします。さて、どのような解説がなされているのでしょうか。
まずは「グリーンランドの海の怪物」。イヌイットの伝承だとはどこにも書かれていません。まぁイヌイットでしょうけど……。
あとは短いので全訳してみます。222ページ。
>平坦な生き物で、島ぐらいの大きさ。船乗りたちは水深が急激に浅くなっていることを示す測深の行為に恐怖を覚えるが、それはイマップ・ウマスルシュアが海底からダイレクトに船へと向かって上昇してきていることを意味するからである。
これだけ。これ自体はフィンランドの新聞Ilta Sanomat1954年7月を紹介したフォーティアン・タイムズ46号(1986)29ページからの引用となっています。
ローズと見比べてみると、船がどうこうして乗組員が死ぬだろうなどということは一言も書かれていません。もちろんこの怪物が出てきたらそうなることは想像に難くはないのですが、本当にそういう伝承があるかどうかわからない以上、エンサイクロペディアを名乗るリファレンス本なのだから、書いていないことを勝手に付け加えるのはどうかと思います。Wikipediaでいう[要出典]です。
それと怪物の認知プロセスにも違いがあります。原文ではwater is rapidly becoming shallow「水が急激に浅くなっていく」。ローズのほうはif the water appeared to be more shallow than usual「もしも水がいつもより浅く見えると」。同じようでいてけっこう違いますよね。知らずに怪物の上に乗っているのと、測深していて水深の変化に気づくのでは。ローズ本人としては単純に書き写すのはまずいからディティールを加えたつもりなのでしょうが。
ま、いろいろあるでしょうが、やっぱり神話学者である東ゆみこさんのおっしゃるとおり、あーんまりこの辞典は信用できないのかな〜という感じです。ほかに資料がないときは使わざるを得ませんけど(しかもそういう項目が1000単位であるから困る)。

追記:とんでもない記述を発見。
イルルヤンカシュの項目。
「現在のシリアにあたる、古代メソポタミアヒッタイト神話におけるドラゴンの名前」。
この人にはイラクとシリアとトルコの区別がつかないようだ……すげー。

あと、こういうテクニックも。

元ネタhttp://www.bartleby.com/81/14655.html
「ルスタム。ディーヴ・ベンドにしてペルシアのヘラクレスであり、アスディーヴという白いドラゴンを倒したことで知られている」

ローズの手にかかると:
「古代ペルシア(現在のイラン)の神話におけるドラゴンの名前である。アスディーヴは――多くのヨーロッパ、中東、東洋のドラゴンに似ず――白い。この怪物的なドラゴンは、神話上の英雄で、ギリシアローマ神話における古典的な英雄ヘラクレス/ヘルクレスに似たルスタム/ルステム/ルートサムの敵であり、その最終的な勝利を獲得するために、数多くの課題をこなし敵を倒さなければならなかった」

うーん、書いている内容は同じはずなのに、何だこの水増し具合はw
つーかロスタム(ルスタム)の物語は神話じゃないし古代ペルシアじゃないし……。