muirdris
James MacKillopのOxford Dictionary of Celtic Mythology, s.v. 'Fergus mac Léti' (pp. 215-16)より。
資料は『フェルグス・マク・レーティのサガ』Echtra Fergusa maic Leite。7〜8世紀の古期のものと13世紀の滑稽譚風の2つのヴァージョンがある。
物語の要約
かくまっていたオーヒジEochaidを刺客たちに殺されたアルスターの王フェルグスは、代償として土地一区画と、刺客のうちの一人の母親であるドルンDornを要求した。フェルグスはドルンを奴隷として使うことにした。
少し後、海を旅していたフェルグスは、眠っている間に海の妖精ルーホルパーンたちによって剣を盗まれ、おまけに海に落とされそうになった。彼はすんでのところで目覚めて妖精たちを脅した。海、沼、湖のどこの水中でも泳げるような力を渡せ! 妖精たちは彼にその能力(というかアイテム)を与えたが、領土内にあるロッホ・ルドラゲLoch Rudraige(lochといえば普通は湖のことだが、ここでは湾のこと)で使うことは禁じられていた。でもフェルグスはそこに飛び込び、恐ろしい怪物に出会った。この怪物がムイルドリスMuirdrisである。ムイルドリスの邪眼にやられたフェルグスは口が頭の後ろにまでひん曲がってしまった。陸地に逃げ帰ったフェルグスだが、その醜悪な顔では彼の王座の権利が失われてしまうことになる。そこで家臣たちは鏡をすべて取り除くなどして、なんとか7年間を無事平穏にすごした。
しかし、あるとき彼の髪を洗っていたドルンのあまりの鈍間さに怒って鞭打ったフェルグスは、逆にドルンに醜い顔のことを指摘される。フェルグスは彼女をその場で切り捨てた。そしてムイルドリスを殺すため、再びロッホ・ルドラゲへ身を投じた。彼と怪物は二日にわたって戦い、海面は血で赤く染まった。フェルガスは怪物の首を持って上陸したが、すぐに自分も倒れて死んでしまった。
上は古いバージョン。滑稽譚バージョンは、妖精たちの王と妃を出すなどして登場場面を増やしたとのこと。で、面白いことにここでフェルグス・マク・レーティがシーナッハ(Sínach)殺しに使っている剣の名前がCaladhcholg(カラズホルグ?)で、フェルグス・マク・ロイヒの剣カラドボルグと名前がよく似ている。古いバージョンで剣の名前が何だったかはMacKillopは教えてくれない。もしかしたら無名だったのかも。
さてmuirは「海」の意。drisはどういう意味になるのか? だけど、Calvet Watkinsは印欧語族の詩節と竜退治神話を比較分析した大著"How to kill a dragon?"(1995)で、ドラゴンdragonと同語源ではないかと主張している。最初結論だけ見たとき私は「うそ臭い」と思ったが、よく読んでみると、少し納得した。つまりdragon、ギリシャ語のdrakon「蛇、大蛇」の語源は一般的にderkestai「見る、見つめる」Engl. 'gaze'と関連付けられていて、蛇の鋭い視線が語源になったのではないかとされている。そしてムイルドリスはその邪眼でもってフェルグスの顔を変形させた。というか、明確に描写されているムイルドリスの攻撃性はそれくらいのものだ。となるとあとは適当に音韻変化を当てはめていけばよいわけで、そこは百戦錬磨の比較言語学者Watkinsのこと、適当に都合のよい法則を見つけて関連付けることなどわけない。ただしアントワーヌ・メイエの基準では少なくとも3つの方言における一致が必要だとのことなので、これは弱いといえば弱い(あくまで言語学的に、ね。ただ、神話学的に見ても、とても面白い共通点ではあるけど、やはり弱いと思う)。
伝説自体については、怪物退治の英雄が怪物を殺すとともに倒れるところとか、水中に潜っていくだとか、長い期間をはさんで2回怪物と戦うだとかいう点がベーオウルフを髣髴とさせるし、口がひん曲がるという点で同じアイルランドの英雄クー・フーリンを思い起こさせる。それぞれを比較した論文があるらしいが、未見。
Watkinsはもっと印欧時代に遡るものを想定していて、ヒッタイトのイルルヤンカシュ神話との類似を見出している(書き忘れたけど、WatkinsにはMacKillopにはない細部が書き込まれているところもあり、一部だけ原文対訳もある)。そういやイルルヤンカシュも長期間をはさんで2度対決するよなあ……と思い出す。一度敗れてどちらとも王者としての資格を失っているし、中間で超自然的存在から力をもらうのも同じ(ヒッタイトの場合フパシヤシュが分担してるけど)。
続く
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