ゲリュオンの殺し方。

抒情詩人ステシコロスの『ゲリュオン譚』はゲリュオンを主役として扱った珍しい作品です。残念なことにほとんど作品は残っておらず、わずかな引用や数十年前に発掘されたパピルスによってその断片が推測されるのみですが、邦訳された丹下和彦さんもおっしゃるとおり、心情的にかなりゲリュオン側にいて、むしろ賞賛されるべきヘラクレスが冷酷なる殺人者として扱われているのが特徴となっています。それはホメロス、ヘシオドスといった叙事詩の時代を過ぎて抒情詩の時代に入ったギリシア文学の推移をそのまま示すものでもあります。豪胆な英雄の活躍よりも繊細な心情の変化を、戦いよりも平穏を……とはいえそのなかでもステシコロスは神話を題材とした作品が多いことで際立っているそうです。
 ステシコロスの生存年代はおおよそ前630〜554±2年。前7世紀から6世紀にかけて生きた人物ということになります。

 とはいえ、ここでギリシア文学の背景はあまり重要ではなくて、「ヘラクレスゲリュオン殺害方法」に重点を絞ってみたいと思います。断片ばかりなのでほとんど引用になってしまいますが、このように歌われています。ページ数は邦訳(『ギリシア合唱抒情詩集』京都大学学術出版会、2002年)のもの。青色の部分は現代の編者による推測、[ ]内は欠落、( )内は訳者による補足。

 「密かに戦いを仕掛けることが」p.97
 「そして彼は楯を胸の前に構えた。
  こちらは石で
  こめかみを打った。
すると頭から
  たちまち大きな
  音をたてて馬の毛の前立てのついた兜が落ちた。
  それはそこの地上にある。」p.98。以上P. Oxy. 2617 frr. 4+5, col. i
 「すなわち光る頸をもつ水蛇(ヒュドラ)、人間の殺し手の
  苦悶で汚された(矢で?)。無言のまま彼は
  狡猾にも額に打ち込んだ。
  (中略)
  矢は頭の天辺に」p.99。P. Oxy. 2617 frr. 4+5, col. ii
 「[  ]そして……[   ]
  二番目の(頭部は?)
  棍棒[  ]」P.100。P. Oxy. 2617 fr. 31

 なにかよくわかりませんね。しかし殺す方法が三つ挙げられています。「石でこめかみを打った」、「(ヒュドラの毒のついた矢を)額に打ち込んだ」、「棍棒(で二番目の頭を打った?)」。最初のものは殺したわけではなく、あくまで兜を打ち落としたものと解釈できます。んだとすれば殺し方は二通り。一つは後に自らの命を奪うことにもなるヒュドラの毒によって頭を一つ殺す。そして二番目は棍棒で打つ。三番目は、不明。おそらく散逸した部分にあったのでしょう。
 これがヒュギヌスの『神話集』30になると一本の投げ槍で殺したことになっています。ヘシオドスにはとくに書かれていません。アポロドロスも射られて死んだと書いているだけです。
 さてヘラクレスの主要な武器が棍棒素手だというのはよく知られています。アポロドロスの述べる十二の功業によればこうなっています。まずネメアの獅子は、はじめ弓で射たのだが死ななかった。そこで素手で絞め殺した。ヒュドラを一つ一つ棍棒で打ったが、次々と生えてきた。イオラオスが燃え木で付け根を焼き、殺した。また胴体を引き裂いた(ヘシオドスによれば青銅の剣で殺した)。第四の仕事の途中でケンタウロスたちに襲われ、逆に弓で攻撃して追い詰めたところケイロンを射てしまった。第六の仕事では楽器を持って鳥たちを追い払い、弓で射た。第九の仕事の途中でポリュゴノスとテレゴノスを格闘技で殺した。第十の仕事でオルトスを棍棒で打ち殺し、ゲリュオンを弓で射殺した。ついでにエリュクスを格闘技で殺した。第十一の仕事でアンタイオスを両腕で抱えて全身骨折で殺した。プロメテウスの鷲を射殺した。第十二の仕事として犬の頭を両手で抱き、苦しめた。
 今ここで殺害方法がなんとなくわかるのを並べてみました。異伝を探すのは面倒なのでやりません。一覧としてみやすいヒュギヌスによれば、ブシリスたちは棍棒で殺され、鷲の名前はアイトンだったとあります。こうみるとヘラクレスの武器は*棍棒素手のほかに「弓矢」があることがわかります。

 ちょっと今は頭が動かないので続きは後でやります