フンババ(を)語源(とする)説2題

古代バビロニアの古典文学『ギルガメシュ叙事詩』に出てくる怪物フンババ(シュメール語でフワワ)は人気者だったようで、かなり後のルキアノスマニ教文書の時代までその名前が伝わっています。それゆえいろんなフンババを語源とするのではないか説があります。ルキアノスマニ教文書はまともな説ですが、まともでないのも……

たとえばC.-F.ジャンという人が1931年に提唱した説では、旧約聖書民数記』10章29節などに出てくるホバブ。「モーセは、義兄に当たるミディアン人レウエルの子ホバブに言った。『わたしたちは、主が与えると約束してくださった場所に旅立ちます』」(新共同訳)。
で、笑えるのが、Dictionary of Deities and Demons in the Bibleにフンババ(Humbaba)の項目を書いておきながら、立項の根拠である「聖書の人名の語源」説に対して執筆者が「ホバブの名前がフンババであるという提案はあらゆる根拠を欠いている」としてあっという間に切り捨てているところ。発音が似ている以外、地理的にも性質的にもこれほど無関係なのに語源説として主張されるのは珍しいとのことです*1

もう一つ。これはもっと違和感があります。
これはアルメニア人の学者による説で、なんとアルメニア語南部方言でいう花の名前フンババ(またはフンバババ)がフンババを語源とするというものです。つづりはXəmbaba(əは曖昧母音だと思うので、優しい私は日本語のuでカタカナ表記してみました)。しかもその花というのが「タンポポ」。彼が言うには「これは単なる偶然の一致とは思えない」。う〜ん、偶然じゃないかな。根拠がいくつかあげられています。まずアルメニアでは植物の名前が妖怪の名前になったりその逆になったりすることがありうるということ。夢魔フエンジョロズは野草のことでもあり、おそらくトルコ語の悪鬼コンジョロズと関係する。女悪魔フルヴリクは食用ハーブのことでもある。などなど。しかも、タンポポフンババは、あるアルメニア方言では「悪魔のランプ」サタニ・チュラグあるいは植物で作った妖怪アクラティズと呼ばれることもある。タンポポが咲いているのをよく見てごらん、まるで悪魔のようじゃないか……。(ほぼ原文ママ)ところでフンババの語源はわかていない。シュメール語のフワワのほうが古いのでそれが語源とされるが、ちょっと待ってほしい。とあるイラン人学者によると、フンババの語源はハウマ・パナ「ハオマ草の守護者」ではないか、とある。となると植物と関係してくるではないか*2

植物と妖怪の名前が同じっていう民俗自体は興味深いんですが、ちょっと遠回りしすぎな気がします。
それにギルガメシュ叙事詩コーカサスまで伝わっていたという証拠はないし、フンババの護符もアルメニアあたりで出土したというのは聞いたことがありません。ネルガルなど一部のバビロニアの神々がアルメニアに伝わっていたという証拠はあるんですけどね……。

*1:K. van der toorn, pp. 431-432.

*2:Artak Vardanian, 2001, The Assyro-Babylonian Humbaba and the Armenian Plant Name Xəmbaba, Iran & the Caucasus, 5, pp. 207-8.