犬人怪物の神話

 ずっと前からほしいと思いつつ、高価なので購入していなかった『犬人怪物の神話』がなぜか今頃になって図書館に入っているのを最近見つけたので、借りようと思ったらすでに制限一杯借りていたために図書館で少しだけ読んでみた。ちょうど中央アジアの狼始祖伝説を調べていたのですが(けっこう沢山ある)、やっぱりこれは物凄く面白い。著者の視点は「他者の認識によって自己が確立される」という、ポスト構造主義的な一般的な結論に加えそれが「他者を貶めることになる」というオリエンタリズム的な側面を犬人怪物神話のユーラシア的な分布をタネにして批判していくという感じなのです。が、やぱりユーラシアという広大な神話を相手にするため比較神話学的な手法がとられることになる(著者はエリアーデに宗教学を習ったらしい。うらやましい)。ヨーロッパには、インドのほうに犬人(キュノケパロス)がいるという伝承がある。当のインドには、犬人の伝承もあることはあるけど、それよりも犬と同等に扱われるアウトカーストが存在していた。中国はというとチンギスハンのような犬-狼始祖伝説が知られている。これらの伝承の起源は「どこか」。中国の史書には、犬戎のようにその名前自体「犬」が含まれる民族もいれば、それらの民族の伝説に犬始祖伝説がある、とするところもある。となると、中央アジアの遊牧騎馬民族における犬始祖伝説が中国、インド、ヨーロッパの巨大文化圏と接触するにあたって「他者を貶めることによって自己を確立する」経緯を通し、「怪物化」されていったのではないか。そんなことが書かれております。犬始祖伝説に関連する犬-狼信仰は、北欧においてはウールヴヘズンやベルセルクなどの戦士結社となり(ダキア、イランにも類例あり)、ロシアではフセスラフに始まる人狼伝説になり、今ではそれらのほうがずっと犬人より有名になっていますが、歴史的・地理的・神話的にはこっちのほうがはるかに広大なパースペクティヴを持っているのだ、ということです。
 ちなみに南インドをフィールドにしているだけあってインドのアウトカースト制についての議論は専門的で何言ってるかよくわからないw しかし盤古=瓢箪=混沌の関連まで扱っているのには驚いた。