海ムカデについて。その3

まず始めに、ここでいうスコロペンドラは現実の節足動物の学名としてのスコロペンドラとは直接関係あるわけではないということを断っておきます。ネット上でscolopendraと検索するとこのようになります。つまりムカデのことです。

UMAとしてのスコロペンドラについての唯一の原典はアイリアノスの『動物の本性について』第12巻第23章。ラテン語のアエリアヌスといったほうが通りがいいかもしれませんが、とにかく『動物の本性について』となっています。ジャン=ジャック・バルロワの『幻の動物たち』にあるギヨーム・ロンドゥレからの引用(これ自体はユーヴェルマンスの著書から採られている)も実はアイリアノスからの孫引きであるにすぎません。ではアイリアノスにはなんと書かれているかというと、ここはポリグロットな南方熊楠訳を引用しておきます。
 「蜈蚣鯨は海より獲りし事あり、鼻に長き鬚あり尾扁(ひらた)くして蝦(または蝗)に似、大きさ鯨のごとく両側に足多く外見あたかもトリレミスのごとく海を游(およ)ぐ事駛(はや)し」
 トリミトレスとは古代ローマの細長い船の一種で、そこからたくさんのオールが出てこいでいるところをスコラペンドラに似せたということかと熊楠は推測しています。
 さて下のほうのエントリでロンドレの書物から2種類の図を引用してきましたが、どちらもスコロペンドラです。これには理由があって、当時の博物学においてスコロペンドラには、まず大別して陸のスコロペンドラ。これは普通のムカデの事で、区別してギリシア語でスコロペンドラ・ケルサイア(Skolopendra Chersaia)ともいいます。でもう一つがここで話題になっている「海のムカデ」たるスコロペンドラ、ギリシア語でスコロペンドラ・タラッティア(Skolopendra Thalattia)という2種類がいました。このスコロペンドラ・タラッティア(とくに断りがない限り、以下単にスコロペンドラと表記)の原典にはアイリアノスのほかにもう一つアリストテレスの『動物誌』という著作がありました。この中の第2巻第14章(名前が少し出てくるだけ)と第9巻第37章にスコロペンドラのことが出てきます(直前には、地中海にはいないはずのシーサーペントの話題があってそれはそれで面白いのだけど)。しかしこちらは岩波の島崎三郎訳が適切に注釈しているようにゴカイのことであって、アイリアノスのいっているようなクジラサイズの巨大な怪物のことではありません。要するに後世の人はアイリアノスとアリストテレスの、あまりにも異なる2つの種類の海のスコロペンドラについて戸惑ってしまったわけです。どっちが本当なんだ? と。そこでロンドレはアリストテレスのほうを単に「海のスコロペンドラ」、そしてアイリアノスのほうを「クジラのスコロペンドラ」として区別したわけです。ちなみにコンラート・ゲスナーの『動物誌』魚類編のここにはゴカイとしてのスコロペンドラがここには謎の怪物としてのスコロペンドラが掲載されています。ところでこれらのページの文字読めないんですけどなんて書いてあるんですか?