月に生命は存在するか

 私が「幻想動物の事典」の項目として構想しているもののひとつに「月の生命」があります。
 今となっては宇宙人の侵略基地となってしまい、ネイティヴな生命の存在はほとんど話題に上ることさえなくなりましたが、じゃあ、昔の人々はどう考えていたのか?
 そもそも、「宇宙人」という考え方はあったのか?
 地動説で天球が大地を取り囲んでいる世界観では、地球と同じような天体を想像するような世界観は果たして存在していたのだろうか?

 と、こんな疑問を抱き始めたのは、昔、こんな一節を読んでから。
 ミルトンの『失楽園』(1667)第3巻565行目以降には

 星屑は確かに地球に似たほかの世界、
 いや、大空に浮かぶ島−−たとえば、昔有名であった
 ヘスペリデスの庭や幸福にあふれた野原や森や百花繚乱の
 谷間にも類うべき、まさに幸多き島々と見えたのであった。
 しかし、そこで誰が幸福な生活を営んでいるのか、そのことを
 質す余裕は彼(=宇宙の外から地球に向かっているサタン)にはなかった
とあり、平井正穂さんの訳注によれば「当時ほかの天体にも生命がいるかどうかの議論があった」とあります。

 そこで初めて、「宇宙人」という考え方が近代的なものではない、ということに気づいたのです。だったらどういう「議論」なのか、訳注にはそこまで詳しく書かれてません。それにどうやって調べていいか、皆目見当もつかず。

 それから何年か経って地球外生命論争1750-1900、マイケル・クロウ著という本が出ているのをネット上で発見。でも2万円と高価な上に、近所の図書館にもなければ書店にさえ入っていない、というわけでいまだ見ること能ずの状態です。
 リンク先の工作舎のページには、クロウがまとめた「1750年より前」の章が「立ち読み」できるようになっています。でも、なぜかファイルが削除されてしまっています(泣)ただ、タイトルから察するに、「ほかの星」についての議論ではなく、昔の哲学者たちは「ほかの世界」、つまり天球まで含めたわれわれの世界以外にも似たような世界があるのでは、という類のものだったようです。

 それから地道に探してみること数年。
 いまだ概要さえ書ける目処は立ってないのですが、いくつか目に付いたものを。

 その1 月について☆彡

 *ピュタゴラス派の人々(ピロラオスらしい)
 月が大地に似て見えるのは、ちょうどわれわれのところの大地のように、月は植物と動物によって住まわされているからである。しかもその動物はわれわれのところのものよりも大きく、植物はより美しいらしい。

 (月の諸々)以下、擬プルタルコスの『哲学者たちの自然学説誌』より。
 ストア派 大地より大きい。球形。火と空気の混じり物(ポセイドニオス)。
 パルメニデス 太陽と同じ大きさで、太陽から光を受けている
 エンペドクレス 月は円盤。
 ヘラクレイトス 月は平鉢。
 アナクシマンドロス 月は大地の19倍の円環物体。火に満ちている。
 クセノパネス 月は圧縮された雲。
 ピュタゴラス 月は鏡のようなもの。

 *アリストテレス『動物発生論』761B
 火の元素によって発生する動物もいるはずだが、大地にはいない。月は火の属性だから、いるとすれば月にそういった動物がいることになる。このことは別に書く(別のところがどこかは不明)。

 *ルキアノス『本当の話』
 ルキアノスはクテシアスらをバカにして「本当の旅行記を書いてあげる」と前置きした上で大嘘だらけの旅行記を書いた。そのなかには月世界にいくものがある。

 *シラノ・ド・ベルジュラック月世界旅行
 基本的にはルキアノスの路線。岩波文庫版にある解説では、現代に連なる天文学的な意味で、ほかの星にも生命がいるのではないかと始めて表明したのはヨハネス・ケプラーの『夢』らしい。ベルジュラックは冒頭でピュタゴラスなどの名前を挙げている。


 その2 ほかの世界について☆彡

 *タレス、エンペドクレス、プラトンアリストテレスストア派
 基本的に、世界はひとつである。宇宙はひとつである。

 *オルペウス教、ヘラクレイデス、ピュタゴラス
 星のそれぞれがひとつの宇宙世界である。

 *デモクリトス、メトロドロス
 広大な平原の中に立った一本の穀物の穂が生えることはない。同様に無限なるもののなかに世界は無限の数だけ存在する。
 原子論に従えば、世界は数の点で無限にあるという。エピクロスにつながる。

 *セレウコス
 宇宙世界の数は無限である。

 *エピクロス
 ディオゲネスの『哲学者列伝』にあるエピクロスの手紙によれば、世界は無限に存在するという。諸々の宇宙世界は、球形をしている可能性がある一方で、別の形態も持っている可能性もある(エピクロスという人は、このほかのことについても、あらゆる可能性を否定しないことが多い)。

 *ルクレティウス『事物の本性について』2巻1070行あたり
 ルクレティウスエピクロスの忠実な後継者、と自称している。キケロの同時代人。世界はたくさんある。