道祖神と近親相姦

 『怪』vol.0018が出てましたね。「第二回"怪"大賞」も発表されてました。ちなみにこれ、第一回は、お世話になってるクトゥルーさんの「黒語事典」も選ばれていたりしますが。
 個人的に興味があったのは、やっぱ荒俣賞の「道祖神と近親相姦」ですな。タイトルは少し偽りありですけど。全体としてはまとまっていましたが、2点ほど。
・ヒダル神やミシャグチ様の原因について「有毒ガス」という単純な自然現象に帰してしまうのは早計のように思われる。そんなに西日本各地に有毒ガスが発生してるのか? ヒダル神と同様の事象が日本以外にあるのかどうか私は知らないけれど、もしあるとするなら(おそらくあると思うが)それとの比較もあったほうがよかったと思う。道祖神朝鮮半島やタイ、ローマの事例まで持ち出して分析しているのだから。著者は神話学が趣味とか書いていたような気がするけど、この即物的解釈からすると、興味があるのは神話学というよりはむしろ「史学における神話研究」の方面ではないでしょうかね。
・で、ローマ。来ましたよ印欧語族道祖神が兄妹始祖神話の名残であるとする説。まず道祖神が男女ペアであり、さらに起源に近親相姦説話が見られるのは東アジア南部に広まっている兄妹始祖神話(イザナギイザナミなど)に通じる。そして、始祖という性質は、道の始めである道祖神に通じる、というもの。そして道のはじめと二人というものの引き合いに出すのがローマの門の神ヤーヌスです。こちらは道祖神的性格を帯びているわけではないですが(ヘルメースの起源であるヘルマイオーンは明らかに道祖神です。だから旅人の守護神になった)、道のはじめの神。そして出産を守護する神でもある。なによりも、両面。つまり、顔が二つある。ただし、これは類型的な問題であって系統的な問題ではありません(著者もそのあたりは認識しているが)。ただし、兄妹始祖神話と男女道祖神説話が明確につながるわけではない、というのも事実でありまして。日本を代表するイザナギイザナミ道祖神として祭られているとは聞きませんし、おそらくほかに兄妹始祖神話がある地域でもそうでしょう。この点でも、道祖神のこの起源説は類型的な比較にとどまっていて、そこが残念なところです。もし著者に中国方面の造詣が深ければそのあたりを突き詰めることができたかもしれません。
 その他、方法論上、「が証明された」ってな感じで自説を進めていくのは少々強引にも感じられます。もう少し謙虚に。

 ついでに、デュメジルによればヤーヌスは「はじめとおわりの神」。で、これがヘイムダッルにも当てはまると以前書いたのですが、ヴィーザルもそうらしい。ヤーヌスやヘイムダッルは時間的な「枠」を構成する存在。それに対して、ヴィーザルは空間的な「枠」を構成する存在であるらしい。ヴィーザルについての唯一の有名な神話フェンリル殺しにおいて、彼は「一歩で」天地に届くこの狼のあごを引き裂きます。つまり彼は天地ほどのサイズもある神なわけです。ちなみにこのときはいている靴は人間の作った靴の切れ端を集めたもの。泣けるぜヴィーザル、親父の復讐のためにそんな地道なことを。さて、デュメジルは同様の神話をヴィシュヌに求めています。ヴィシュヌのアヴァターラの一つにヴァーマナ(小人)というのがありますが、これは、世界を支配した悪魔に対して「3歩で」歩ける距離をいただきたい、と要求する物語です。悪魔が即OKすると、ヴィシュヌは巨大になって一歩目で大地を、二歩目で空を、三歩目で天を踏み、すべてを取り戻してしまうのです。歩くことによって全世界を枠に収めるこの神話は語源的にも関連したものがあるらしい。ヴィーザルの語源がヤン・デ・フリースの言うように「広がる」という副詞の比較級ヴィーザル「より遠く」(そのまんま)だとすれば、この解釈は実にすんなりと行きます(同時に、ヴィズ「森」は不可。第一音節が長音でないし)。
 デュメジルのこの仮説、地味〜なヴィーザルそしてヒンドゥー教になって勢力を増したヴィシュヌ(世界を「維持する」神)の本源を解き明かす一つの試みとしては、面白いものだと思います。ちなみにユリイカ北欧神話特集号にあります。


 さてと。

水木しげる先生 お誕生日おめでとうございます