1102330782**広がる、つながる*

 以前、「キルギスの叙事詩から」でキルギスの妖怪アルバルスティとトルコの妖怪アルバスティ、ウラル地方のアルバストル、「サーデク・ヘダーヤトの(以下略)」でイランの妖怪アール、さらにアッカドのアルーとすべてつながっているのではないか、ということを書きました。
 その後グリフィンのことを調べていたら、たまたま、言語学者バンヴェニストがこの妖怪について語源的な考察を行っているのを知りました。フランス語の記事らしいので読めませんが、だいたい先インド・イラン時代の悪魔*al(*は推定される再建語形という意味です覚えておこう)にトルコ語の「息を詰まらせる」という意味のbastyがついたものである、と結論付けているようです。となると、これらの妖怪の原型は今から4000年近くさかのぼる可能性があるわけです。すごいですねえ。個人的にはアッカドのアルーとの関係が薄れてしまって残念ですけど。ところで古代イラン語には日本語と同じくL音がなく、*alは歴史時代には*arに変わっていた可能性があります(バンヴェニストもそのあたりは考察しているでしょう)。
 ところで、私はすっかり忘れていたのですが、ロシアのUMAアルマスというのもこの系列にしっかり入ってくる模様。大抵のUMA本は文化的背景を無視して生態学的にUMAの生息地域を押し込めてしまうものなんで、いったいロシアのどの民族(というより文化)でアルマスが伝承されているのかを知るのが難しくていやになってしまうのですけど(UMA本を幻想動物の時点の参考資料に使いたくない大きな理由の一つがこれである)、アルマスに関しては、名前のバリエーションを度外視すれば、実際、紀元前後に「騎馬民族」が行動していた広大な地域と重なるようなので、「ロシア」という広い地域指定でもそういう観点から見るとあながち間違ってはいないことになります。東端はおそらく騎馬民族行動範囲の東端であるモンゴルで、そこではアルマスAlmasという風にほとんど原形を保っています。西端はおそらくアルメニアで、こちらも出産関係の妖怪アル(Al)。その間には上記キルギス、トルコ、イランに加え、クルド人アルクAlk、グルジアのアリAli、アフガニスタンのアルマスティAlmastiなどが入ります。アルマスの綴りはAlmasですが、なぜこれを見落としていたのだろう。でも水子霊の仲間みたいなアルバストルとこの獣人との関係は微妙です。UMA研究家が「出産するところを襲う」といった超自然的な機能をあえて外して紹介している可能性はありますが、わかりません。
 ところで先ほどグリフィンのことを調べていたら、と書いたんですが、・・・実はグリフィンの天敵アリマスポイ人がこの系列に加わるのではないか、という説があるらしいんですねぇ。アリマスポイ人はArimaspoiで、poiをどかしてrをlに変えればアリマスAlimasになるし、さらにUMA系アルマスの特徴である怪物的人種という特徴とも合致します。RとLがイランでは交代する可能性があったというのは前に書きました(アリマスポイはスキタイ語ですが、スキタイ語イラン系です)。この説の場合、バンヴェニストとは逆に、先史時代には*ar-で、歴史時代に入ってar-とal-が分化し、ar-のほうはスキタイ人とともに消滅し、al-のほうはトルコ、モンゴル、イラン、そしてウラルにまで広がっていったという事になります。
 どちらにしても、なぜ他の妖怪を差し置いてアル・アルマス・アルバスティがそこまでユーラシア大陸の上を広がっていったのか、騎馬民族の中でアルがいったいどのような役割を果たしていたのか、事実が次々とつながることによって、さらに謎は増えていくことになりそうです。