ヴェーターラ追加

 別名: バイタル、バイターラ(Vaitala)、ヴェタル(Vetal)、ヴェーターダ(Vetāḍa/Vetada)。ヴェータラ、ヴェターラ。
 漢訳: 屍鬼。その他の漢訳については「参照」参照。
 死体に取り憑いてこれを活動させる鬼神。死体を動かす呪法もヴェーターラと呼ぶことがある。

 その姿は『カター・サリット・サーガラ』によれば、色は黒く、背丈は高く、首はラクダのようで、顔は象、脚は牡牛、眼はフクロウ、耳はロバのようであるとされる。

 ヴェーターラは、ヴェーダ時代にはその名は見えず、プラーナ聖典などにも鬼神の種類として名前は挙げられているものの、『マハーバーラタ』にも名前は出てこない。
 そのようなヴェーターラがサンスクリット文学の中で重要な役割を果たすのはなんといっても『カター・サリット・サーガラ』である。『カター・サリット・サーガラ』はサンスクリット語の文献だが、その原書は紀元前3世紀以前にグナーディヤによって執筆されたパイシャーチー語の『ブリハット・カター』であり、10万詩節にも及ぶと伝えられる膨大な作品である。しかし『ブリハット・カター』は現存せず、11世紀のソーマデーヴァによる『カター・サリット・サーガラ』などのいくつかの簡略本を通してしかその内容は知られていない。
 『カター・サリット・サーガラ』の中でとくに知られているのが枠物語の体裁を取る『屍鬼二十五話』(ヴェーターラパンチャヴィムシャティカー)である。ここにおいて屍鬼=ヴェーターラは王に背負われ、なんとか逃げようとするストーリーテラーとなっている。

 物語は、王であるトリヴィクラマセーナのところに、毎日クシャーンティシーラという修行僧が果実を持って現われるところから始まる。トリヴィクラマセーナはとりあえずは果実を受け取ったが、毎日それを宝庫管理官の手に渡したままであった。そのようにして10年経ち、たまたま王の手にあった果実は管理官ではなくペットである小猿に与えられた。小猿が果実を食べると、中から高価な宝石が出てきた。王は驚き、管理官にこれまでの果実はどのようにしていたか尋ねた。管理官はただ窓から放り込んでいただけです、と恐縮し、命令があればお見せしましょうと言った。王はそうせよと命じ、管理官は扉を開けて中を見た。すると果実は腐りきっていてなかったものの、中にはおびただしい数の宝石が光り輝いていた。王は喜んで管理官に宝石を預けた。
 翌日、王は相変わらずやって来た修行僧に宝石のことを尋ねた。理由を聞かないうちはこれ以上もらうことはできないと。すると、修行僧は言った。私の呪術が成就するためには、一人の勇者が必要です。だから、あなたの手助けがほしい。王は快諾した。そこで修行僧は日付を指定して、墓地で待っていると言い、立ち去った。
 さて、王は約束どおりに悪霊たちがはびこる墓地へとやって来た。すると修行僧は、南のほうにある木にかかっている死骸を持ってくるように頼んだ。王は信義を重んじ、その木のほうへと向かった。
 木には死骸がかかっていた。王は木によじのぼって縄を切り、死骸を地上へ落とした。すると死骸は突然泣き出した。王は、まさか生きているのかと思って死骸をさすった。すると今度は突然笑い出した。死骸にはヴェーターラが憑いていたのである。死骸は消えてまた木の上に戻ってしまった。しかし王は恐れず、再び木に登って死骸をかついだ。
 王は修行僧のところを目指して歩き始めた。すると、死骸に憑いていたヴェーターラは物語を始めたのであった。
 物語ごとにヴェーターラは王に、物語のなかの人物の行動の是非について問い掛けた。王はいつもそれに対して誠実な答えを返した。しかし、ヴェーターラは答えが返ってくるといつも幻術によってもとの木のところへと戻ってしまった。王は忍耐強く死骸を取りに戻った。
 ヴェーターラは、王からは逃げることができないと思い、王の叡智が十分であると考え、真の敵は修行僧のクシャーンティシーラであることを教えた。クシャーンティシーラは王がひざまづいたときに彼を殺し、ヴェーターラ呪法を完成させようとしたのである。
 王はそれを知って、ヴェーターラのアドバイスどおりにクシャーンティシーラにまずひざまづくときのお手本をさせ、その隙に剣でもってクシャーンティシーラの首をはねた。クシャーンティシーラの目的は王権だったが、彼を王が殺したことにより、全地上の帝王の位はトリヴィクラマセーナのものになることになった。ヴェーターラは王に向かい、散々迷惑をかけてきたから願い事をひとつかなえてあげようと告げた。王は特に何も要求せず、ただ、ヴェーターラが語った二十四話と、今自分がいる物語たる二十五話目が有名になり、尊ばれることを望んだ。ヴェーターラはその願いを受け入れ、「この物語を聞いたり語ったものは、即座に罪障から逃れられるだろう。語られる場所では鬼神たちは力を失うであろう」と宣言した。そして彼は死骸から抜け出し、気の赴くままにどこかへ去っていった。
 最後に、シヴァ神が現われて王に宝剣アパラージタを授け、去っていった。トリヴィクラマセーナは日ならずしてアパラージタの力により諸大陸、地底界を支配するようになった。最後にはすべての目的を達成してシヴァ神と合一したということである。

 『カター・サリット・サーガラ』内では、とくに第12巻においてヴェーターラが活躍している。この巻にあるシュリーダルシャナ物語は上の王と修行僧の物語によく似ている。
 シュリーダルシャナは不治の病にかかったシュリーセーナ王の病気を癒すため、ヴェーターラ呪法を行う呪術師の手助けを約束し、剣を持って夜中に墓地へと向かう。呪術師は、シュリーダルシャナに西の方の木にある死骸を持ってきてくれという。シュリーダルシャナが行ってみると、ちょうどその死骸を取ろうとしていたもう一人の男と鉢合わせした。2人は死骸をめぐって争ったが、突如ヴェーターラの憑いていた死骸が恐ろしい叫びをあげ、もう一人の男のほうは驚いて死んでしまう。つまり死骸になってしまった。そこでシュリーダルシャナが目的の死体を運び去ろうとすると、男の死骸にもヴェーターラが取り憑いて目的の死骸の所有権を主張し始めた。件の死体は「食料をくれるほうが友人だ」と言う。そこでシュリーダルシャナは男の死骸を切り取って食物にしようとしたが、男の死骸は姿を消してしまう。そこでしかたなく、彼は自分の肉を切り取ってヴェーターラに与えた。ヴェーターラは満足し、魔力で彼の体を元通りにする。そしてシュリーダルシャナは死骸を呪術師のところへ持っていき、呪術師はかくしてヴェーターラ呪法を開始した。しかし途中で突然死骸の口から炎が噴出し、呪術師は驚いて逃げてしまう。ヴェーターラは逃げ出した呪術師を追いかけ、飲み込んでしまった。シュリーダルシャナは剣を抜いてヴェーターラに切りかかろうとするが、彼の勇気に満足したヴェーターラは王の病気を癒す芥子の実を与え、さらに彼が全世界の王になることを予言した。快癒した王はシュリーダルシャナを皇太子の位に就け、娘のパドミシターと結婚させた。

 ヴェーターラおよびヴェーターラ呪法は仏教、とくに密教の経典において頻繁に登場する。そのためヴェーターラ信仰の起源が仏教であるという説もある。例えば「十地経」45.23、『金光明経』104.4、107.8、『孔雀明王経』220.18のサンスクリット原典にはヴェーターラ、ヴェーターダという言葉が現われる。また、『四分律』30巻(大)22巻774下には「起尸鬼」、『十誦律』巻2(大)23巻9中、下には「毘陀羅」、といった具合に多く登場する。



という解説をのっけときました。
他には、
サンスクリット語の長母音もすべて修正。
・地域/文化名ヴェーダバラモン教
ゾロアスターゾロアスター教
キリスト教悪魔学(Demonology)
・イギリス→イングランド
に変更。