アブラクサスやらウロボロスやら

アブラクサスウロボロスやグリュコン(Glykon)がグノーシス主義の存在とされるのは、完全な間違いではないとしても、大きな間違いである。実際アブラクサスグノーシス主義文献や教父の反駁文書に名前が見えるらしいしウロボロスのような蛇も文献に現れる。だがアブラクサスウロボロスも本質的には古代後期(紀元後以降)のアレクサンドリアなど、宗教の合従連衡というか神仏習合というか、カタカナでいうならばシンクレティズムの激しかった地域において、ぽっと出のように現れた超自然的存在-シンボルなのである。彼らが主に姿を見せるのは魔術パピルスや石に彫られた護符であり、全体的に見ると宇宙論的・神学的文脈に出てくることはごく稀なのだ。
そんな彼らはキリスト教イスラームの到来によっていったん歴史の影に姿を潜めたが、ルネサンスになって古典復興と言われるようになり、古代ギリシア語の資料が次々と発掘され模写されるようになると、とりあえずいろんな宗教宗派の聖典に見えないよくわからないやつらを「バシレイデス派」だとか適当に(今で言う)グノーシス諸派にあてはめてしまったのが現在に至る混乱の根本原因なのだ。だいたい反世界的なグノーシス諸派が世界の完全性だの足して365だのを表すシンボルを護符にすると考えるほうがおかしい


日本語ではまだ護符や民間魔術に現れる諸存在についての文献がない(わたしの知る限り。どこかの本の一部や紀要論文だとあるかもしれない)。中東における諸超自然的存在は非常に多く知られているのに、日本で知られる機会がないのはもったいない。たとえばアラム語で書かれた民間魔術についての文献はこんなにある!
http://faculty.washington.edu/snoegel/aramaicincantationbowls.htm
古代ギリシアならネオプラトニズム研究者とかコプト語学者とか、アラム語魔術ボウル系ならタルムード研究者とかそういう人が片手間にでもどれか訳してくれたらいいのになあ……。