『マハーバーラタ』のなかの、怪物人種

インドの大耳人間(2006/5/22)、カルナプラーヴァラナース(2006/6/5)、カルナプラーヴァラナ(200/6/20)で調べてみた、インドの怪物人種「カルナプラーヴァラナ」。おおよそ一年くらい前のことだ。最近再び気になり始めて、少し調べてみた。6月20日のエントリで紹介したTylorやLassenの本はまだ読んでいないが、『マハーバーラタ』のほうから攻めてみることにしたのである。……と、その前に『マツヤ・プラーナ』のほうが先に見つかった。ただ、あまり情報はなかった。

まず、"Alberuni's India"という古い本の、pdf版123ページに、ガンジス川のほとりにある地域の一つとして名前だけ挙げられている。

Then it flows through the midst of mountains and passes by the Karṇaprâvaraṇa,i.e. people whose ears fall down on their shoulders...

その直後に「アシュヴァムカ、つまり馬頭の人々」とあるのがさりげなく気になるところ。アシュヴァムカといえば普通はキンナラのことだけど、『マツヤ・プラーナ』では怪物人種名となっているわけだ。
なお、別にA Taluqdar of Oudhによる英訳(1916年)のも参照してみたが、ウェブの梵語テキストによればどうみても4章52節にあるのに、全然ない。目を皿にしてそれらしい章を徹底的に流し読みしてみると、121章にあった。全然違う。これほど違うとはどういうことだろうか。ただ、どういうわけか、というか訳者が理解していなかったのかもしれないが、"Karṇa, Prâvaraṇa"というように2語に分けられていた。ちなみにkarṇaは単独だと「耳」という意味。

マハーバーラタ』のほうに移ろう。『プラーナ百科事典』(Prāṇic Encyclopedia)をみると、あっけなくも「カルナプラーヴァラナ」の項目があった。もうちょっと早めにこの事典を開いていればよかった。それによればカルナプラーヴァラナにはいくつか同姓同名の存在がいて、第2巻31章67節、同52章19節、第6巻51章13節にその名がある、と載っている。ちくま学芸文庫から出ている上村勝彦訳の『マハーバーラタ』をさっそく紐解いてみたが、第6巻の載っている分はまだ買っていなくて参照しなかったけど、第2巻「サバー・プラヴァン」はあったので該当章節を探してみた。

……ない。

うーん。もしかして『プラーナ百科事典』は上村訳の依拠しているプーナ版ではない別のものを使っていたのだろうか……。それでもあきらめず前後の部分を見てみると、それらしいものがあり。どうも第31章のほうは上村訳307ページの省略された23〜29章のうちのどれからしい。そして後者のほうは366ページの省略された47〜28章らしい。どちらも固有名詞の羅列ばかりで読んでいるほうは退屈だろうからという上村さんなりの配慮なのですが、残念。
前者にはアルジュナたちが征服した土地の名前が、後者には「諸王たちがユディシュティラたちにもたらした貢物が列挙されている」らしい。このどちらの記述も『プラーナ百科事典』の短い記述と一致している。となるとこのあたりなのだろう。
しかたなくJ. A. B. van Buitenenが1975年に翻訳した英訳を参照してみた。こちらは省略されていない。じっと当該箇所をながめてみると、あった。

"... and the folk who cover themselves with their ears, ..."(28章40〜45節あたり)

名詞まで英訳されてしまっていた。まあとにかくここにあることは間違いない、と。なお、ここにはローマやアンティオキアといった地名も見られる。
後者のほうも見てみたが、ない。ただ、

Other folk from different regions, with two eyes, three eyes, or one in their foreheads, ...... and Cannibals, and one-footed tribes I saw at the gate...

とあった(47章15〜20節)。つまり「三つ目」「額に一つ目」「人食い」「一本足」といった、まさに私が捜し求めていた、インドのオリエンタリズム怪物人種が羅列されていたのだ!!!それと、ここの部分にもう一つ面白い(たぶん海外を含めて幻想動物界隈ではまだ紹介されていない)有名な幻想動物のことが書かれていたので、そのことは今複写依頼している資料が届き次第紹介しようかと思っている。ギリシアとインドの交流ネタです。

それからカルナプラーヴァラナのバリエーション(今回はkarṇaprāvaraṇā)で適当にぐぐって見たら、Mahābhārata onlineマハーバーラタ・オンライン」というページを見つけた。マハーバーラタ梵語原文があった。少し前にぐぐったときはヒットしなかったから、最近公開されたのだろうか? しかも名詞索引まである。これは!!!と思ってみてみたが、なぜか第9巻にしかリファレンスがなかった。でもちゃんと28章も47章も見られるので確認してみると、あった。
2巻28章44節 ... ca karṇaprāvaraṇān api...
念のため2巻47章も見てみた。すると、あった(特殊文字打ち込みが面倒なのでKH方式の転写にする)。

15節 dvyakSAMs tryakSAMl lalATAkSAn nAnAdigbhyaH samAgatAn auSNISAn anivAsAMZ ca bAhukAn puruSAdakAn
16節 ekapAdAMZ ca tatrAham apaZyaM dvAri vAritAn balyarthaM dadatas tasmai hiraNyaM rajataM bahu

akSiが眼という意味だからドヴィヤクシャーdvyakSAが"folk ... with two eyes"「二つ目の人々」なのだろう。以降同様にトリヤクシャーtryakSAが三つ目の人々、ララータークシャーlalATAkSAが額に一つ目の人々、「人食い」はプルシャダカーpuruSAdakA、一本足はエーカパーダーekapAdAになる。
調子に乗って興味深そうなエーカパーダーを索引で拾ってみたら、第3巻264章44節にもあるとのこと。そいつは上村訳にもあったので調べてみたら『ラーマーヤナ』の一節だった。ラーヴァナによってさらわれたシーター姫が監禁されているまわりでうろついているラークシャサの女たちの姿の描写である。「二つ目の女、三つ目の女、額に眼のある女、長い舌を持つ女、舌のない女、三つの乳房を持つ女、一本足の女、三本の弁髪を持つ女(トリジャター)、一つ目の女がいた」(上村訳第4巻303ページ)。私の求めている「オリエンタリズム的怪物人種」ではないが、同様の描写である。どうも2巻47章のほうに「二つ目の人々」とあるのが疑問だったのだが、これをみてみると、単に一まとまりのフレーズとして「一つ目、三つ目、額に眼」という表現があるようだ。なお、それぞれ原語でドヴィヤクシーdvyakSI、トリヤクシーtryakSI、ララータクシーlalATakSI、ディールガジフヴァーdIrghajihvA、アジフヴィカーajihvikA、トリスタニーtristanI、エーカパーダーekapAdA、トリジャターtrijaTA、エーカローチャナーekalocanAとなる。


でも、これはプリニウスや『海山経』に出てくる怪物人種たちとは違う。というのもインドの英雄たちはこれらの国々へと遠征し、征服し、そして貢物をもらっているからである。それは単に物語の中だからだ、といわれればそれまでかもしれないが、それにしても完全な「外部」として「我々」との交流を許さないヨーロッパや中国の怪物人種とは同一視しにくいのかもしれない(ただ『マツヤ・プラーナ』のほうは多少『山海経』とコンテクストが近い)。

余談ながら、普通にgoogle:エーカパーダ]や[google:image:ekapadaと検索すると、ヨーガのポーズばかり出てくる。まあ普通に「一本足」という意味なのではあるけど。

山海経 (平凡社ライブラリー)

山海経 (平凡社ライブラリー)