ロシア叙事詩中の竜とドラゴン。資料

ロシアの伝説、とくに北ロシアに伝わるブィリーナ(英雄叙事詩)にも蛇の怪物やドラゴンは登場してます。とりあえず手ごろな本としてエリザベス・ワーナー『ロシアの神話』に、それなりにエルスラーンやドブルィニャなどドラゴン退治の英雄の物語が紹介されてます。ブィリーナの邦訳は中村喜和『ロシア英雄物語』が平凡社ライブラリーから出てます。このあたりは市販されてるのでこれ以上書きません。
 で、それ以上調べようと思って国立情報学研究所の論文情報ナビゲータで、だめもとで「ブィリーナ」と検索してみたらけっこう多くの、「オンラインで読める」論文がヒットしました(日本の学術論文などがデータベース化されてて、一部がオンラインでpdfのかたちで読める。その他はそもそも読めなかったり、登録しないと読めなかったりする)。すべて同一人物、佐藤靖彦さんによる論文。竜とドラゴンに関連がありそうなのとしてはブィリーナ「エルスラーン」ブィリーナ『ボルフ・フセスラビェビッチ』における動物の形象ロシア民衆口承文芸から見た蛇あたりが参考になるでしょうか? いずれも原文が載っていたりして結構専門的です。
 ただ、その理論はかなりロシアの歴史学派に影響されている模様。歴史学派というのは一言でいうと伝説は史実から発生したという考え方。だからドブルィニニャが正教帽子でドラゴンを殴り殺すのはロシア正教が「異教」に勝ったことを象徴している、蛇を鍛冶屋がトンカチで殺すのは紀元8世紀ごろに鍛冶屋がロシアに誕生して、キンメリア人たちを恐れていたからだ……。この人もヴォルフが複数の動物に変身するのは、ヴォルフが動物のように優れていると譬えられていたからだとしてるんですが、ちょと待てといいたい。確かに英雄が動物に変身するのは、根源的には「あいつは動物みたいだ」という譬えが省略されたものなのでしょう。ただ、印欧語族神話、とくにヨーロッパ(またか!と言わない)の戦士、あるいは戦神は動物に変身するのが一種のステータスだったりするわけです。とくにオオカミに。ヴォルフがフセスラフ公(人狼に変身した)の息子だとされていたことを忘れてはなりません。つまり、ヴォルフの生誕譚は、それがブィリーナの新しい極相を表象しているのではなく、むしろブィリーナ以前のそれなのではないか、と。まー、私はそもそも「歴史学派」みたいな考えが大嫌いだからちょっと敏感になってるだけかもしれません。ロシア語もまったく読めないロシア民俗学の素人なのでどうなのかは知りませんが。