片足が不自由なルーノ

一つ目と鍛冶 に書いたとおり『もののけ』にはアイルランド神話においてルノなる神格が片足の不自由な鍛冶神であるとされています。
このソースはおそらくバーバラ・ウォーカーの『神話・伝承事典』。748ページに「アイルランド人によれば、天の鍛冶師はルノ(「月の男」)で、へパイストスト同じく足なえの工人であった。ルノはフィンガルの魔法の剣を鍛えた」として参照文献にW. Scott, p.99をあげています。このW. Scottというのは参考文献一覧によるとScott, Sir Walter. Letters on Demonology and Witchcraft. London: George Routledge & Sons, 1884.となっています。運良くこの本がオンラインで見られるのですが、Letter IIIに該当部分があります。

He[Meming] may be, perhaps, identified with the recusant smith who fled before Fingal from Ireland to the Orkneys, and being there overtaken, was compelled to forge the sword which Fingal afterwards wore in all his battles, and which was called the Son of the dark brown Luno, from the name of the armourer who forged it.

何が書いてあるかではなく何が書いていないか。どう読んでもどこにも足なえとは書かれてないし月の男とも書かれてません。リンク先の注を読むとマクファーソンの名前があるので『オシァン』のことだろうと思い引っ張り出してみると岩波文庫版にルーノという名前が出てきてます。「ローディンの戦い」第1の歌(p.17)には「ルーノの子は強靭な革紐を断ち」とあり、他にも何度かこの名前が出てきます。注釈には、ルーノはスカンディナヴィアの鍛冶屋の名前であると書かれてます。謎です。それと、正確を期すならフィンではなくフィンガルだしアイルランドではなくスコットランドです。
ウォーカーの事典の独特な見解のほとんどが実際なんの根拠もないというのは少しでも神話を知っている人ならご存知でしょうが、『もののけ』はそんなこと露知らずぽんぽん引用しちゃってるわけです。馬鹿みたいですね。ウォルター・スコットの資料にちゃんと当たればすぐに確認できるようなことさえしない。それで学者として金を稼ぎ、本を書いて由緒正しい叢書から出版できるのだから恐ろしい話です。