グリフィンの地理:アイスキュロス

ゾンビ化した1000眼のアルゴスに追いかけられているイオがプロメテウスに出会い、これからのイオの苦難の旅を予言されるところにグリュプスが現れます。

829〜
ドドネのしゃべる樫の木

イオニア海を渡り、

707〜
この地へ

東へずっと、荒野をいくとスキュタイの遊牧民

スキュタイには近づかずに海岸沿いを歩く

北のほうに鍛治民族カリュベス人
↓(依然として東行)
その次にヒュブリステスの河畔

川は渡らず、カウカソスの絶頂へ、そこから南へ

アマゾンたち。テルモドンのほとりにあるテミスキュラ

案内してくれるので、キンメリコン地峡へ

波荒いサルミュデッソス、マイオティス海峡を渡り、ここはボスポロスと呼ばれる

790〜
アジアとヨーロッパの境を渡り、東へ

キステネの野(ゴルゴンらが住む)
また、グリュプス、アリマスポイもいる(プルトンの河畔)

そしてエチオピアにつく。

アイティオプスの川にそっていくと滝が見えるが、そこがネイロス(ナイル川)。

地理は当然のことながらおかしいです。たとえばエチオピアが突然出てきますが、古代ギリシアからヨーロッパ中世にいたるまで、インドとエチオピアは同じ場所かまたは隣り合っていると考えられていたのでこのようになっています。またスキュタイの遊牧民黒海北岸あたりをうろうろしているのですが、だとするとボスポロスの場所がおかしくなってしまいます。イオが右往左往しているのなら考えられなくはないですが。また、キステネの野や黄金の流れるプルトン河の位置も不明です。そのさきにアイティオプスがあるとすればなおさらです。結論としてはヘロドトス以上にグリュプスの地理は曖昧なのでヨーロッパよりも東のアジアのどこかにあるとしか言えません。アイスキュロスとてそこまで厳密な地理学を駆使して悲劇を歌おうと思ったわけでもないでしょうし、もちろん正確な情報も絶望的に存在しなかったわけですからしかたないことです。
 実は地図でイオの逃路をプロットしてみようとも思ったのですが、以上のように現実の地図でアイスキュロスの脳内地理を再現することは不可能なので諦めました。これに限らず古代の人々の思い描いていた地理と現実の世界の差を考ええずに、とくに旅や航海といった神話において地図でその道筋を表現しようとすると、現在の地理でもなく古代の地理でもない、所属不明の謎の地理に基づいた地図が出来上がってしまうことになります。ややこしいです。

とりあえず注目したいのは、前も書いたのですがこの比較を。
「鋭い嘴の、吼えることのないゼウスの犬ども、グリュプスたちに注意しろ」
「〔このとき大洋神オケアノス翼のある馬に跨って登場〕
(中略)翼も速いこの大鳥にくつばみも食ませず」
グリュプスは「犬」と呼ばれ、翼のあるオケアノスの馬は「大鳥」と呼ばれています。またアリストパネスにおいて馬と鶏の合成獣ヒッパレクトリュオンが鳥の一種だとされていました。ここから想像するに、この悲劇詩人は翼があれば鳥と呼んでいたのではないかと思えてきます。だとすれば頭も鳥で、一般的には翼や前脚まで鳥だとされているグリュプスが「鳥」ではなく「犬」、しかも「吼えることのない」というように「犬」とは矛盾した存在価値を与えられているのはかなり奇妙なことです。
 やはり、前の結論どおり、ここでもグリュプスは鳥ではなく、クノッソスの絵画にあるような、頭だけ鳥、または口だけが鳥の姿をしていた怪物であると考えたほうがずっと言葉の使い方としても納得がいくのではないでしょか?

*問題。スキタイ美術
 ヘロドトスにしてもアイスキュロスにしてもスキタイという民族名が出てくるのは重要でしょう。スキタイの黄金美術のなかに俗にグリフィンと呼ばれるモチーフが散見されるからです。そのスキタイ美術のなかに嘴だけ、または頭だけが鳥である動物は出てくるのか? というと、私は見たことがないんです。いわゆる「グリフィン」の図像があることは良く知られているのですが。ではクノッソスの絵画にある翼のないグリフィンのルーツは? わざわざ嘴と犬を強調して書いたアイスキュロスの意図は?