人食いグリフィン

 以前、『スーダ』(10世紀ビザンツの辞典)に、グリフィンの一群が海霧とともに現れ、人々を残らず食い尽くす、と書いてるのを紹介したことがあるのですが、『聖ブランダン航海譚』を読んでいたら、似たようなところを発見。
 その前に、聖ブレンダンというのはアイルランド初期の聖人の一人で、とにかく船に乗って長旅をしたことで知られています。アイスランドはもちろん、うわさによれば北米にまで達していたかもしれないらしい(証拠はない)人で、中世を通じて聖ブレンダンの航海譚は民衆に広まっていて、島のように大きな魚など定番アイテムも登場する物語だったりします。
 そこで私が読んでいるのは、中世ドイツの民衆本版。なので、表記もブレンダンではなくブランダンになっています。
 このブランダンという爺さんは結構元気な人です。島のように巨大な魚などの数々の驚異が書かれている本を見つけた彼は、それを読んで
 「ありえねー」
 と一蹴、炎の中に投じてしまいます。しかし、神様は、「私は何でもできるのだ。ありえないことなどない」と天使を遣わし、9年にわたって航海することになると預言します。こういわれては仕方ないので、ブレンダンは箱舟のように巨大な船を作って、手下の僧侶たちも引き連れて(いい迷惑)旅に出ることにしました。
 そんなこんなで色々あって(たとえば、風で飛んだブレンダンの帽子を拾うために、急いでるにもかかわらず「拾うのじゃ!」と命令して船を戻したり)、「魔の海」にたどり着きます。いわゆるバミューダ・トライアングル(違)。この海は粘着性があり、何隻もの船がその場から動けずに、乗員たちは財宝などを残したままそのまま死んでいたのです。そこでこういう説明

無数の怪獣グリフィンが船内に舞い降り、人々を捕らえ、連れ去っては食らってしまったのです。それまで千四百の人が亡くなりました。
 『スーダ』にある説明とかなり似ています。中世ヨーロッパでは、グリフィンが集団で現れて人々を貪り食う、という伝承が知られていたらしい。知らなかった……。
 ちなみに原本(ラテン語らしい)の『聖ブレンダン航海譚』にもこのグリフィンの逸話があるのか、ないとすればそれがどの時点で挟み込まれたのか、非常に興味のあるところですが、現在のところ、消息不明です。