プリニウスと一角獣

 プリニウスの「博物誌」Naturalis Historiaにある角一本の動物の記述についてざっと調べてみました。とはいってもかなりの量になるので、日本語版の索引から「サイ」「一角獣」を引いた程度のものなのですけど。さて、まず最初?に出てくるのがエティオピアの動物についての章です。

 8巻30章(72)ではリュンクス(山猫)やスフィンクス、ペガサス、ハイエナなど珍獣がさまざまに紹介されていますが、そのなかにインド牛というのがあります。で、インド牛は角が1本または3本あるとのこと。原文はIndicos boves unicornes tricornesque。たぶんインディコス・ボウェスというのがインド牛のことだと思われますが、エティオピアのくせにインド牛とは微妙に引っかかります。この時代(よりもっと前ももっと後の時代もですが)、インドとエティオピアは「ギリシアの西の向こう」といった極めて漠然とした意味で用いられており、地図上ではインドとエチオピアは並べられていることさえあり(例えばナイル川の源流がインドにあったり)、ほとんど同地域だと考えられていたようです。なのでこの章でプリニウスはクテシアスを引用してマンティコラの話も書いています。つまり地理上の北西インドと北東アフリカは混同されていたようなのです。1本のインド牛がインドサイのことだとすれば3本のインド牛というのはおそらくアフリカサイのことなのでしょう。
 次にあるのが、インドの獣を紹介している31章(76)です。プリニウスは、インドには「中のつまった蹄」の1本角の牛がいる、とクテシアスの証言を引用しています。これもまあサイのことなのでしょう。そして、それとは別に「最も獰猛な動物」として一角獣を出しています。それに引き続き、頭は雄鹿、足はゾウ、尾は猪、ほかのところは馬に似ている、としています。角は約1m。生きて捕らえることは不可能であると。原文ではmonocerotemとありますが、これを超初心者向けラテン語本の解説から推測するとmonocerotisの単数対格なんですが、色々見てみるとmonocerosが主格なのだそうです。モノケロス。さてプリニウスはウィルマ・ジョージによれば偶蹄類のアンテロープとしていたわけですが、「足はゾウ」を素直に受け止めると、そもそも蹄がないような気がします。と書いて不安になって調べたら、ゾウの爪も蹄というらしい(ネットで百科@Home)。ゾウはどう見ても単蹄には見えないので偶蹄類ということになるんでしょうか。
 しかしこれだけでは終わらない。
 11巻45章(128)の角の配置と構造の記述のところに「インドロバ」とかいうのが出てきます。で、ここはアリストテレスの『動物誌』を踏襲しているらしく、単蹄動物は、1本角のインドロバのほかはいずれも角を持たない、としています。ちなみに原文ではasino Indico/主格(辞書見出し形)ではasinus Indicus。
 11巻106章(255)、「ひずめ」。角のある動物はたいてい割れた蹄を持っている、とあり、1本角の(単蹄の)唯一の動物はサイで、割れた蹄で1本角の唯一の動物はカモシカだ、としています。これもあれですね、アリストテレスの同じ箇所の引用です。日本語訳ではそれぞれサイとカモシカだとありますが、原文ではアシヌス・インディクス(asinus Indicus: インドのロバ)、オリュクス(oryx: アンテロープの一種?)となっています。余談ですが、ここでもAntelopeが日本語ではカモシカに訳されちゃってます。検索してみるとかなりの割合でアンテロープカモシカとなっていますが、http://members.aol.com/cathousek/guutei.htmかもしかってにあるように、アンテロープはウシ科のアンテロープ亜科、カモシカはヤギ亜科の別物です。面倒なことにアンテロープを日本語で羚羊、カモシカを漢字で羚と書くので混同が起きているようです。
 で、プリニウスよ。インドロバというのはモノケロスのことなのかね?違うのかね? それとウィルマ、あなたが言っているアンテロープというのはもしかしてオリュクスのことかね? 違うとは思うが、一応聞いておきますよ。

 というわけでややこしいのですが、古代ギリシア・ローマ時代、角が1本あるとされた動物には4つの名称があったということがわかります。
 1つはサイ。→アエリアヌス(リノケロス)、プリニウス(インドの牛)→単蹄。
 もう1つはインドのロバ。→クテシアス(アエリアヌス=一角のロバと一角の馬、フォティウス)、アリストテレスプリニウス→単蹄。
 そして、一角獣。→モノケロス(プリニウス)、カルタゾノス(アエリアヌス、メガステネス)→ゾウのような脚(偶蹄?)。
 さいごにオリュクス。→アリストテレスプリニウス→偶蹄。
 となります。

 こう見てみると、どうもアエリアヌスの引用するメガステネスが(いったい何をイメージしていたのかは棚に上げておくとして)一角獣の脚をゾウのようだと形容したのが偶蹄類説の始まりのような気がしてきます。まあ二週間少し調べただけなので何ともいえないけど。