インダス文明の一角獣

 これまで何度も書いてきたように一角獣についての最古の記録はクテシアス(の断片)にあるものです。しかしこれはヨーロッパの話。ほかの地域ではどうだったのか、というと、調査中……そもそも一角獣はクテシアスにせよアリストテレスにせよインドにいると言われています。ではまずインドではどうだったのか?
 紀元前の第一千年紀となればインドはヴェーダ〜プラーナ文献、バラモン教草創期の時代となります。しかし、インドには本物のインドサイがいるので空想上の動物一角獣とインドサイを混同していたということはどう考えてもなさそうな話です。

 しかし、アーリア人よりもさらに以前の時代、つまりインダス文明まで遡ると、実は一角獣がうじゃうじゃいたりするわけです。

 インダス文明の時期は前2600年〜前1800年ごろ。地域はもちろんインダス川流域からパキスタン、インド北西部両側に広がっているところ(ちょうどクテシアスが「インド」だと考えていた地域です)。そのインダス文明の信仰の中心は「角」でした。インダスの遺跡から発掘される印章の多くには角のあるものが描かれていました。それらの一部の中には数が限られるものもあり、角のある図像が特権的な社会的ステータスを象徴していたとも考えられます。
 さてその「角」のある図像ですが、もとから角のあるコブウシ、スイギュウ、カモシカやサイに加え、人間に角が生えていたり、ゾウやトラにまで角を生やしているものも見られます。手元の資料ではどちらも←こんな感じ(コブウシと同様)で2本角が生えています。そして、その角のある図像の中で最も多いのが「一角獣」。全体の6割を占めるそうです。たとえばAncient Indus Tour: #25 Unicorn Seal, Mojenjo-daro.でそのうちの一つを見ることができます。
 上のページで見られるものなどは丁寧な仕事で破損も少なく、かなり特徴が明瞭な最上級の出土品だと思いますが、これを含めて全体的にインダスの一角獣は
・額から生える、らせん状に伸びている角
・ロバ?に似てなくもないスラリとした脚と長い首
・地面にまで垂れ下がる尾
・肩にあるハート型の模様
・下顎から首にかけてひだのようなものがある
・頭の下には何かの容器のようなものが立てられている
・偶蹄だか単蹄だかわからない
 といった特徴があります。

 ええと、何がいいたいのか、というと、やっぱりクテシアスやメガステネスの聞いた一角獣はサイではなくて偶蹄目だったのではないか、ということで(^^; しつこいかも

 少し横道にそれて、他の角のある動物の印章も見てみましょう。コブウシ、スイギュウの角は先述のようにこうなっています。カモシカと思しき動物の角は─┐┌─こんな感じ(頭部は真横を向いているけど)。アンテロープと思しき動物の角は\\→前方、となっています。このうちカモシカ(仮)とアンテロープの角は先の一角獣の角と同じようにねじれています。また、どれも例外なく丁寧に角が2本描かれています。一角獣の図像はアンテロープなどを横から見たら角が一本に見えるからそれを描いたのではないか、とか単に省いただけなのではないか、という推測は、このように見てみると当てになりません。また、どの動物も脚を前後に置いて4本すべて描いているので、信仰上重要なはずの角だけ単純化されたというのはありそうもない話です。印章の中にある一角獣の形状は、カモシカの角の─┐側だけを取り除いたものに結構似ています。ただ、手元にある図像を見る限り、アンテロープ類に特徴的ならせん状の角の模様まで再現されているものはありませんでした。
 次に「尾」を見てみると、コブウシ、スイギュウの尾はどれも地面まで垂れ下がっています。しかしカモシカアンテロープの尾は短く、上に向かって短く立っています。一角獣の尾はどれも前者。実際アンテロープの尾は短く、印章に描かれた一角獣のように地面まで垂れ下がるほど長いものはいません。角はカモシカ(仮)似・・・でね、今カモシカの画像を見ていて気付いたんですけどね、どう考えてもカモシカってこんなに長い角を持っていませんよね。で、資料の和文解説に「カモシカ」とだけあってアンテロープが併記されてないんです。そこで英文解説を見てみるとカモシカに当たる単語がAntelopeとかなってるんですよね、アハハ・・・。アハハじゃないよ・・・。全く紛らわしい・・・Antelopeはアンテロープであってカモシカとは違います! カモシカは山羊や羊の仲間で、アンテロープ類はインパラやガゼルなどのことです。
 さて気を取り直していってみよう。ということはアンテロープの角の表現には二種類あるってことですか。正反対の方向を向いているのと同一方向に並んでいるのと。んで、同一方向に並んでいる場合は角は頭とほぼ垂直に伸びています。一角獣の角が弓なりになりながらも前方に向かって伸びているのとは違います。で、この前方に伸びた角と共通しているのが、正反対の方向を向いて描かれたアンテロープの角の前を向いたほうの角。
 次に曲がり具合というものを見てみると、一角獣のものはまず弓なりになって角の先端部分でわずかながら逆方向に反っています。それに対してアンテロープの角は波うっています。だいたい2回半、、、〜〜こんな感じになっています。スイギュウとコブウシの角はちょうど()こんな感じで弓なりになっています。要するに一角獣の角はウシとアンテロープの角の中間って感じですね。

 さて一角獣に見られるひだ状の模様ですが、これは何かというと、普通に考えられる「自然状態で見られるひだや体色の文様」という説のほかに「儀式用の装飾だったのではないか?」という説があります。これは、一角獣の頭部の下にある謎の容器が何らかの宗教儀式に使用されたものかもしれない、という仮説などに基づいたものです。確かにこの文様と容器は他の動物の印章には見られず、ある印章が一角獣を描いたものであるという明確な証拠になりうるものです。以下あまり信用しないほうがいいと思うのですが、この容器はインドの儀式に使われたお酒のような液体ソーマ(の原型)入れではないか?との説があるそうです。ソーマの効用は色々ですが、おおむね飲んだ人やソーマを祭った人をいい方向に導くと考えられてきました。そういえばこの容器の真上にある一角獣の角も、クテシアスなどによれば不思議な効用があるとされていた……。

 今日はここまで。
 次はプリニウス&アエリアヌス(アイリアノス)の確認、紀元前の時代のインドにおける(できればクテシアスの時代の)サイを含めた一角獣の伝承について、(存在するならば)紀元前イランの一角獣の伝承についての調査、といったところかなあ。あとはメソポタミア文明における一角獣の図像・・・これはチラッとだけ見たことはあるので、その正確な文脈や年代などを調べてみると少しは視野が広がるかも。インダス文明の一角獣と今話題の一角獣では少なく見積もって1000年の開きがあるので、直接結び付けてしまうのは少し強引ですな。今回のこのネタは頭の片隅に留めておくってことにしときます。