トルコ語の「蛇」の語源は中国語の「竜」??

前の記事で紹介した、ユランが中国語に由来するという説は、実はトルコでは結構確立しているものらしい。前の記事ではさらっと英語ウェブサイトを調べただけで流してしまったけど、トルコ語ウェブサイトを眺めてみると、あるある!
たとえばトルコ語版Wiktionaryには「語源」の欄に「(古テュルク語) 中国語で蛇と竜を意味するlungという語の崩れたもの」とある。本屋で立ち読みしたİsmet Zeki EyüboğluのTürk Dilinin Etimoloji Sözlüğüにも、ユランは中国語のlungに由来する、と書かれている。文献に1966年くらい?のトルコ言語協会出版の論文が載っていた。
しかしAlexander Vovinがテュルク系十二支のルー(luu、もちろん語源は中国語の「竜」)の語源を考察していた2004年の論文には、そのようなことは言及されていなかった(気がする)。evren=ヲロチ説をぶちあげていたアルタイ語源辞典にもなかった(いずれも英語の学術資料)。どうもこれはトルコ国内限定の説のようだ。
そもそも中国には今も昔も竜とは別に蛇という単語があったし、20世紀のトルコ人が一般的にイメージするようなのとは違って原(?)テュルク人と接触していた時期(だから長めに見ても起源後2〜5世紀くらいか)の中国でいう竜は空を飛ぶ超自然的存在だったのだから、蛇に当てはめるとするのには無理がある。また、テュルク系の十二支に最初期からユランとルーが並んでいるという事実からしても、この二つが同じ語から派生したとするのは直感的に言ってありえなさそうである。

ちなみにTurkic Etymologyという(けっこう学術的っぽい)ページを見ると、次のようにある

テュルク祖語 *jɨ̄l- 意味:1.「はい回る」(to creep);2.「蛇」
それからオルホン碑文・古ウイグル語、カーシュガリー辞書、トルコ語タタール語、中期テュルク語、ウズベク語、ウイグル語、サリ・ユグル語、アゼリ語、トゥルクメン語、ハカス語、ショル語、オイラート語、チュヴァシ語、ヤクート語、トゥヴァ語、トファラル(Tofalar)語、キルギス語、カザフ語、ノガイ語、バシキル語、バルカル(Balkar)語、ガガウズ語、カライム語、カラカルパク語、サラル語、クムィク(Kumyk)語と、テュルク諸語のほぼ全域から語彙が集まっている。発音もカタカナにするとほぼユラン、ジュラン、シュランに収まる。オイラート語とヤクート語以外、すべてに「蛇」の意味がある。オイラート語とヤクート語に加え、タタール語、ウズベク語、ハカス語、トゥヴァ語、キルギス語には「はい回る」の意味もある。となるとこちらの語源説のほうがずっと確実ではないだろうか。

余談:ユランといえばジランダ。「ジランダ」については、ロシアの伝説上の英雄(ボガトィリ)に出てくるトゥガーリン・ズメエヴィチの妹であるらしいクラサ・ジラントヴナ(Krasa Zilantovna)というのは、「炎の蛇」と女性との間に生まれた不浄なる子供だ、という伝説がある。また、「英雄ゴリ・ヴォヤンスキーの物語」には「トゥガーリンの兄弟ジラント・ズメウノヴィチ(Zilant Zmeulanovich)」が出てくるという(Edythe C. Haber, Nabokov's Glory and the fairy tale, The Slavic and East European Journal 21.2(1977)より)。言うまでもなくトゥガーリンの二つ名にあるズメイというのはロシア語で蛇やドラゴンのことである。「ヴィチ」は確か「の子」という意味だから単純に「蛇の子」か。じゃあジラント・ズメウラノヴィチは(-lano-の意味がわからんが)「蛇の子の蛇」という意味か。ロシア叙事詩の本が手元にないので詳細はあとで調べようと思うけど、トゥガーリンはロシアの民衆叙事詩ブィリーナでは有名な、ドラゴンの性質を持つ敵役らしい。どちらにしてもロシア伝説においてはジラントは悪のドラゴンである。