黄金を掘り出す蟻

7月1日に予告しておいた「ここの部分にもう一つ面白い(たぶん海外を含めて幻想動物界隈ではまだ紹介されていない)有名な幻想動物のことが書かれていたので」はこのことです。その次に触れた資料そのものは手元にあるのですが、なにせ冶金学の雑誌論文なもので、放置したまま。
でも、幻想動物の事典のほうにはちゃっかり登録していたりするので、そちらのほうをここに転載しておきます。

ピピーラカ、ピピーリカ(Pipīlaka, Pipīlika)

黄金を掘り出す蟻

マハーバーラタ』第2巻第48章第4節によれば、ピピーラカは穴を掘って金を運び出すアリたちのことで、この虫たちが掘り出した金のこともピピーラカという。『マハーバーラタ』のこの箇所は各地方の諸王が捧げ物をするところで、具体的にどの地方にピピーラカ蟻がいたのかはよくわからない。
興味深いのは、この「黄金を掘り出す蟻」の伝説が古代ギリシアでも知られていたということだ。
というより、古代ギリシアでは広く知られていたが、当地インドではあまり知られていなかった、といったほうが正しい。たとえば『マハーバーラタ』の英訳者J. A. B. van Buitenenは「私の知る限り、インド側の文献で蟻のことが述べられている唯一の箇所である」(vols. 2/3, p. 815)と言っている。

ギリシア資料

ギリシア側のもっとも有名な資料はなんといってもヘロドトスの『歴史』第3巻102〜105にあるものだ。ヘロドトスが言うには、カスパテュロスとパクテュイケ地方に接する、インドの北方の地域があり、そこは砂漠があって無人の境となっている。この砂漠には大きさが犬よりは小さいが狐よりは大きな蟻が棲んでいる。この蟻は普通のギリシアの蟻と同じように砂をかきあげて地中に穴を掘り、巣作りをする。そしてこの蟻たちの掘り出した砂の中に金が含まれている。
この地のインド人たちはこの金目当てに無人の砂漠へとラクダとともに繰り出すのだが、簡単にはいかない。というのもこの金は蟻の所有物らしいからである。彼らは慎重に時機を見極め、もっとも熱くなる午前中、蟻たちが太陽の熱を避けて巣の中にひそんでいるころに、袋を持って砂金のところへと向かう。そして袋に砂をつめこむと、急いで引き返す。蟻たちが匂いを察して人間たちを追いかけてくるからである。蟻の脚は何よりも速いので、蟻たちが集まっている間にラクダが走り始めないと、誰も助かることはない。
ヘロドトスは、この蟻がペルシア王の動物園にもいたと書いている。
メガステネスはこの地方をインド東方山中デルダイ人のいるところとしており、冬に巣作りのため黄金が含まれた砂を掘り出すのを、人々が蟻と戦ってこれを盗み出すのだ、と伝えている(ストラボン『地誌』15.1.4[706]による引用=断片23b)。
アッリアノスは、ネアルコスを引用して、インド原産という巨大な蟻のものという大量の皮殻がマケドニア軍陣営に持ち込まれたのを見たといっている。アッリアノスは、この蟻はメガステネスのいう黄金を掘る動物のことだろうとしているが「メガステネスは噂の聞き書きをしているにすぎず」として、自分のほうからこの話題を打ち切っている(『インド誌』15章4-7節)。アッリアノス自身そんなに大きな蟻がいるとはあまり信じられなかったのだろう。

語源、意味

平岡昇修の梵和辞典にはピピーラカーpipīlakāという見出しがあるが、女性名詞で意味も単に「蟻」としかない。また古代インドの占星術書『ブリハット・サンヒター』にもピピーラカーという単語があるが(87章23節)、これも邦訳では単に「蟻」となっている。
モニエ=ウィリアムスの梵英辞典にはピピーラpipīlaという見出しがあり、これも単に男性名詞で「蟻」とされている。しかし次にピピーラカpiīlakaという見出しがあり、pipīḍlakaという形もあり、「大きな黒蟻」という意味である、となっている。ピピーリカpipīlikaという見出しには「(男性名詞)蟻。(中性名詞)蟻によって収集されると考えられていた黄金の一種」とある。

以上。ブログに記事を書くときは「こうでもなかったし、ああでもない」というように考えた道筋をエッセイ風に書けるのですが、事典記事としてまとめてみると、無味乾燥になるというか、上から目線になるというか、なんか載せても面白くはないですね。圧縮された記述になっているのは悪いことではないとは思いますけど。

追記:ウィトカウアーの『アレゴリーとシンボル』に「黄金の名前」としてピピーラカが載っている模様。