ヘルメス・トリスメギストス

ひさしぶりに神話系サイト無限∞空間質問、長文用掲示板を覗いたら、ヘルメス・トリスメギストスの話題が。しかもスレストされてる。もう少し定期的にチェックしておけばよかったと思った(いくつか補足したかったから……w)。なのでここで少し。

まず・・・ヘルメス文書は朝日出版社から邦訳も出ている古代の宗教思想資料。グノーシス主義から汎神論、ネオプラトニズム錬金術天文学文書、寓話に至るまで、内容は雑多。共通した宇宙論や思想はないが、私が思うに、これは現代で言うスピリチュアル・精神世界ガイドブックかアンソロジーと似たようなものだ。というのも、スピリチュアル信者は端から見れば矛盾がありそうなあれこれを全部あわせてスピリチュアルなものとして受け入れているわけで、ヘルメス文書もそんな感じでまとめられたように思う。
ギリシア語で書かれていて『アスクレピオス』以外西ヨーロッパのラテン語世界では知られていなかったが(逆に言うと東ローマ帝国では知られていた)、ルネサンス期にマウシリオ・フィチーノが『ヘルメス選集』と翻訳して一躍表舞台に。フィチーノ以降、ヘルメス文書を基にした思想が構築されるが、それをヘルメス主義という。その後古代エジプトの再発見(シャンポリオン以降)とともにオカルティストたちが適当に神秘化し、他方学者たちはまじめに研究し、現代に至る。前者のあわれな犠牲者が、今回のマジシャン氏ということになる。

神様が書いた本ってコトになってるんで。考古学や歴史としての価値はゼロ。

これは古代エジプト史研究としての価値はゼロっつーことだろうし、それはおおむね正しいと思う。
でもヘレニズム思想や宗教史、ルネサンス以降の西ヨーロッパ精神史研究的には重大な価値を持ってるわけで、ゼロと言われると少し悲しい。もちろん古代エジプト宗教思想もからんでくるわけで、上の段落に「おおむね」と書いたのはそういう価値があるという理由による。
ちなみに神様が書いた本とされていたかどうかも半分微妙なところ。なんとなれば、ヘルメス・トリスメギストスが神様なのかいにしえの賢者なのかという議論は(一神教に限らず)古代からあったから。ヘレニズム時代のほかの神様であんなに大量の文書を残しているっていう存在はいないから(強いているとすれば古代エジプトのトトその人だ)、そういう議論があっても不思議じゃないわけだ。ちなみにキリスト教イスラームでは、当然古代の賢者ということになっている。トトのほうは、初期キリスト教では大天使ミカエルに、ユダヤ教ではモーセと同一視された。イスラームの時代までは生き残れなかった。

意味としては「三倍賢い」「三倍偉大」みたいな内容なんですが、エジプト神話の三神一位制度(トリアド)からきているんじゃないかと。

定説としては前2世紀はじめごろトトの呼び名aa aa urが「もっとも偉大にしてもっとも偉大なる神、偉大なるヘルメス」と翻訳され、それを約めて「三重に偉大なるヘルメス」つまりヘルメス・トリスメギストスとなったという。旧約聖書でも神を称えて「聖なるかな聖なるかな聖なるかな」というトリスアギオンが知られていたし、賞賛を三回繰り返すというのは古代中東ではありがちだったらしい。
歴史家ゲオルギオス・シュンケロスによれば3人のヘルメス説はマネトが唱えたらしいが、これはちょっと古すぎる(ちなみに3人のヘルメス説に従うとヘルメスは神ではなく賢者ということになる)。

新王国時代だとまだギリシャは国になってないです。プトレマイオス朝以降かと…場合によっちゃ、もうエジプトがローマの属国になったあとかも。そこはちゃんと調べないといけないのですが。

国がなくてもギリシャ宗教は存在するわけだがそれはさておいて、ヘロドトスが「エジプト由来ではない神」にヘルメスをあげていないところを見ると、この時代から同一視されていた可能性は高い。またすでにヘルモポリス(ヘルメスの町)という単語が出てくるし、トトの神殿と思しきものをヘルメスの聖域としているところからみても、この時代、ヘルメスとトトはすでに同一視していたと考えるのが妥当だろう。

トンデモとオカルトは違います。

まぁ・・・これは、そもそも双方が「と学会」による元来のトンデモの定義からずれまくっているので(オカルトの定義もなんだかなあ)、どこから突っこめばいいかわからないけどw トンデモなオカルトもある、とだけしておこう。